大東流合気柔術と合気道は、似た技も多く混同されがちなのですが、大東流と合気道の決定的な違いは「合気をかける」だと思います。
合気道が相手の「気に合わせる」のに対して、大東流は相手に「合気をかける」……大東流はアクティブですね。
さて、今、私が最も気になる武道家は、『武道VS.物理学』の著書で知られる保江邦夫氏。
大東流合気柔術の流れを汲む東京・小平市の大東流合気武術、「合気の達人」と言われた故佐川幸義総範の門人で、確率変分学の開拓者として有名な物理学者。
ガンと闘いつつ、科学の力で武道の謎を解明しようとしている方。
今、保江氏が研究に取り組んでいるのが、武道の最大の謎「合気」。
著書の『合気開眼(海鳴社)』の中で、合気をかける側とかけられる側に脳波計と筋肉電位計をつけ、腕相撲をする実験が興味深いです。
合気をかけられると、相手の腕は急に緊張がなくなり、力を入れることができない。
一方、合気をかける方の脳波は、脳の広範囲で同じパターンの電気信号を出す「雑念のない状態」。
合気をかけられた方の脳波は反応が鈍く、「頭の中が空白」の状態。
……なんだか、すごいことになっていますね。
でも、読んでいて、どうも釈然としません。
保江氏ご自身は大東流の方なので、「合気をかけた場合、合気をかけない場合」と、気軽に書かれておられるのですが。
うーむ。困った。
合気道の私には、その「合気」がわからん。
しかも、「合気のかけ方が人によって違う」らしい。
この本を読んだ印象では、合気をかけられた時の感覚は、かつて、夫が私を玄関先で投げた合気投げ(合気道の呼吸投げに当たる技)の、「わけもわからず、ひょいと軽く投げられた感じ」。
師範にかけられた関節技、座技四教で手首をつかまれた瞬間の「電流が走るような衝撃と一瞬で砕ける腰」に似ているようです。
それにしても、わからんなあ。合気。
まあ、「わからんなあ」と言っているばかりでは、らちがあきませんから、とりあえず、リビングのソファベッドで寝転んで、テレビを見ている夫(大東流合気柔術二段)に、「今でも、合気はかけられる?」と訊いてみました。
「昔の話やし、もう忘れてしもうたわ」
面倒そうに答える夫に、私は言いました。
「一番、簡単なやつでいいから……『AIKI』に出てきた合気上げ、あれはできる?」
合気上げ……両手首をつかみに来た相手を、手首をつかませたまま、高々と空中に吊り上げてしまう技。
体全体を使った「呼吸力」を使って、手首をつかませた相手の腰を浮かせ、倒す技、合気道の「座技呼吸法」と似た技と思っていたのですが……。
「ああ、じゃまくさいなあ」
夫はソファベッドに座りなおし、右手を差し出しました。
「ちょっと左手で、俺の手首つかんでみ」
言われるままに、夫の手首をつかんだ途端、私は「ひゃあ!」と叫び、思わずつま先立ちしてしまいました。
でも、なぜか夫は不機嫌そうな顔。
「あかんなあ。やっぱり失敗したわ」
「今のが失敗?! なんか手首から肘に電撃走って、腰骨まで突き抜けていったで」
夫は首を振りました。
「ちゃんと合気かかったら、「ひゃあ!」言うてる間、あらへんわ。真剣にやらなあかんか」
ソファベッドから立ち上がろうとした夫を、あわてて静止しました。
「いや、もう合気のすごさは、十分わかったので、もういいです」
実は私は、痛いことが苦手で。
「痛い」だの「苦しい」だのは、持病だけでたくさん。
「それにしても、今の手は、なんだったの? 座技呼吸法の手と似てたけど」
あわてて話題をすりかえる私。
苦笑した夫は、立ち上がって私の方を向きました。
「しゃあないな。まず、両手を自分の胸の前に」
私は座技呼吸法の要領で、掌を自分の方に向けると……。
「ちゃうちゃう。掌はまっすぐやねん」
夫は、私と同じ方向を向いて、胸の前に手をやりました。
「まず、大地からエネルギーを吸い込むイメージで深く息を吸う。肘はしめる。息吐きながら、両手、やや広げるように押し出す。その時、親指は常に天を向く。横から見たら、一旦斜め上に上げて、ちょっと下ろす。弧を描く感じ。まっすぐ手出したらあかん」
夫と一緒にやってみましたが、この動作、小指や親指の力が必要です。
実は、この動きで、相手の手首の関節の出っ張ったところの下にある急所(手首から肘、腕の内側に電流が走るような痛みがおきる)を攻めているのだそうです。
「座技呼吸法では、まず自分の方に掌を向けて、自分の姿を手鏡に映し、息を吐きながら、それを相手に見せるように掌を向けるよ。そうすると、相手の肘が上がるから、バランスの崩れた方向に倒す。「丹田からの呼吸力で、体全体を使え」って言われるけど、難しいわ」
やっぱり、合気道と大東流は、違う武道ですね。
両手の指を広げ、自分の胸の前から、押し出すようなつもりで、斜めに手を広げる……これを二十回ほど繰り返しているうちに、小指と手首から肘の筋肉が痛くなってきました。
「いててて。なんか手首つってきた」
手首をさすっている私に、夫は苦笑しました。
「軟弱なやつやな。俺は琢磨会やから、他の大東流とは違うかもしれん。合気上げも、初歩の初歩から、うまくなると、段階が変わるからな。まあ、合気上げの手やっとったら、指の力つくから、合気道の受け(技をかけられる側)で、相手を、しっかりつかめるやろ」
そして、「晩飯まで寝るから、起こすなよ」と言って、再び夫はソファベッドに寝転んでしまいました……やれやれ。
合気上げをかけてもらったら、ちょっと合気のことがわかるかと思ったのですが、さらに謎が深まってしまった。
難儀だなあ。
ところで、不思議なことに、2ヶ月前に図書館にリクエストした、ある大東流合気武術の本が、4ヶ月前にリクエストした、この『合気開眼』と同時に図書館から届き、今、私の手元にあるのです。
まるで、『合気開眼』と一対になるようなタイミングで。
ひょっとしたら、もう一冊の「合気の本」に何かヒントがあるかもしれません。
……次回に続く……
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