もう一つのいけない癖……
「技がきちんと決まった時、その手は杖を持つ形になっている」こと。
杖は128センチの樫でできた棒状の武器。
合気道では木剣(木刀)とともに重要な武器技とされています。
「今時、杖を持って襲ってくる相手はいない」ということで、稽古する機会がなく、すたれつつある技術ですが、私の所属道場では、たまに稽古しています。
自宅の台所で、時々モップを使って杖の型稽古をしているのですが。
杖を持つと、いかに自分が、今まで小手先で技をかけていたか痛感します。
やはり、杖の型稽古は木剣の素振りとともに、合気道にとって重要なもの。
以前、夫から「合気道の動きと、実戦用の本来の動きを使い分ける方法を見つけろ」という宿題を出されていたのですが、杖の型稽古を続けているうちに、ヒントが見つかりました。
……両手を剣、または杖を握る形にすると、肘が開かず、体の中心軸を基点とした合気道の技を使えるが、手を開いて、指を折り曲げた状態にすると、肘が開いて、本来の動き、平拳で相手の拳をよけることができる……
これで、肘を開かず、体の中心軸を保ったまま、ゆっくり優雅に合気道の動きをすることも、本来の動き、肘を開いた空手に近い直線的な早い動きをすることも可能になりました。
でも……合気道の稽古をする時、杖を持っていなくても、必ず、見えない杖を握ったような手になる変な癖がついてしまったのです。
困ったなあ。技をかけた後の手は開いていないといけないのに。
先日の稽古は、片手をつかみに来た相手をうまく誘い込んで投げるものでした。
組み手をしてくださったのは、合気道歴30年以上、4段の女性有段者。(『黒帯(後編)』に登場)
彼女が私の右手を取りにくるのを、つかませずに誘い、彼女が不利な位置に来るのを待って技をかけました。
技そのものは決まったものの、やっぱり、両手は……見えない杖を握っている形に。
「すみません。手が杖になってしまって」
「あら、大丈夫よ」
彼女は、にこにこしました。
「体の中心軸はぶれずに動けてるし。合気杖は、合気道の動きそのものだもん」
「……そうでしょうか……」
その後も稽古を続けましたが、どうしても「手が杖」になってしまう。
「うまくいかないですね」と悩みながら稽古しているところに、師範が見にこられました。
「なかなかいいですよ。相手の気をうまく吸い込んで、柔らかく相手を制している。その調子でやりなさい」
「そうでしょうか?」
不安でしかたがない私に、師範は穏やかに言いました。
「大丈夫です。もっと自分に自信を持ちなさい」
師範は笑いながら、他の人の稽古を見に行かれました。
私は、師範に声をかけていただくことがめったになかったので、うれしかった。
半月前、『ventus〜風のごとく〜』の武道系コラム書籍化の許可をいただきに、師範を訪ねた時のこと。
師範は、こう言われました。
「原稿は、まだ3分の2しか読んでいませんが、なかなか面白いと思います。この方向で行ってください。ただし、私の言うことも、あなたの考えも、あくまで「今現在のもの」であって、レベルが上がれば、将来、また変わるかもしれないこと。それを必ず文章に含んでおきなさい」
「あの……私のような者が、この道場にいて、ご迷惑ではありませんか?」
「私たちと同じ方向に向かっている限り、あなたが、どんなに遠くにいても、この道場の人間であり、仲間です」
師範は、にこやかに言われましたが、私は一瞬、涙が出そうになりました。
その日からは、心晴れ晴れと稽古をしていたのですが……まさか、こんなことでつまずくとは。
手刀が空手、手が杖……師範は、それほど気にされないけれども、私は気になる。
稽古が終わって帰ろうとした時、道場で袴を畳んでいた有段者から声をかけられました。
「久しぶりやね。最近はどう?」
彼は2段、忙しいカーディーラーの仕事の合間を縫って稽古に通う熱心な人。(『黒帯(中編)』に登場)
「ちょっとは、技が柔らかくなってきてるけど……。技が決まった時、手が杖になってしまう悪い癖がついて、困っています」
私が深刻な声を出すと、彼は大笑い。
「そやけど、手が杖になること、師範は何も言わはらへんかったんちゃうか?」
「そうだけど……」
にやにやしながら彼は言いました。
「たぶん、段階が変わったからやろな。……昇段前の素振り見て、俺、「こらあかんわ!」と思うたけど、ちゃんと昇段できたやんか」
「そりゃ、主人のアドバイスで、特訓したからで……」
「今、「手が杖」で悩んでるけど、稽古してたら、そのうち、手が変わるんとちゃうかな。それで、今度は別の壁に突き当たる」
「嫌やなあ。不吉なこと言わんでくださいよ」
彼は苦笑しました。
「武道いうのは、そういうもんやろ。まあ、そこが、武道の面白いところやけど」
なるほど、「手刀が空手」になると悩んでいる時、夫が、あまり気に止める風ではなかったのは、そのせいなんですね。
レベルが上がって、壁に突き当たって、それを乗り越えてレベルが上がり、また次の壁に突き当たる……。
武道が、そういうものならば、ここで壁に突き当たって、色々な発見ができたのは、運がいいことなのかもしれません。
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2008年07月22日
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