「正面突き小手返し」……相手が拳で突いてくるのをよけ、その側面に入り、相手の手首をつかんでかける関節技。
茶帯と3級の白帯なら間違いなくできる技です。
……普段、道場長代行の受け(技をかけられる方)はしていますが、自分が取り(技をかける方)として、見本演武をした経験がありませんから、かなり緊張します。
見ている後輩たちは、私たちを囲んでいますから、前後左右にいる人に技がわかるように、角度を意識して、何回か見本の演武をしなければなりません。……これが難しい。
「それでは、正面突き小手返し。はじめ!」
手を打ち鳴らして、稽古再開。
「すみません。小手返し、初めてで。合気道の突きと空手の突きは一緒ですか?」
私に稽古を頼んできた白帯の若者は言いました。
空手3段だそうです。
「まず、拳の作り方は空手と同じですが、合気道の突きは、相手のみぞおちを狙う「中段突き」が基本です。この技の場合、空手のような、上段突きや下段突きではありません」
私は、若者に足を肩幅と同じ幅に開いてもらいました。
「空手の場合は、この足の状態で突きをしますが、合気道の場合は、同じ手と足が動きます。まず、突きを出す側の手を引きます。そして、その時、手と同じ側の足を一歩下げる。突きを出す時、腰に拳を乗せたような心持ちで、拳を前に出しながら足を一歩出す。拳は、やや落す感じで、中指の第2関節を支点に回転させる」
……ああ、情けない。
完全に夫の受け売りだ。(『拳と手刀(前編)』参照)
「こうですかね」
若者は突いてみせました。
さすがに空手の有段者。
勘がいい。
2、3度練習しただけで、すぐに突けるようになりました。
そして小手返し、関節技の方を教えて、なんとか技の格好がついたところで、ふと時計を見ると、8分超過。
しまった!
次の技に移らないと。
全部できないうちに時間切れになってしまう。
私は手を打ち鳴らし、稽古を中断。
次の技は座技呼吸法。
両方が相対して正座し、手首をつかまれた状態で、体全体の「呼吸力」を使って相手の体勢を崩す。
これは毎回稽古している技。
説明せずにすみました。
稽古を再開し、手首をつかまれた状態から動けない白帯女性に、相手を崩すコツを教えているうちに……「ソロソロ体操ヲ」と茶帯の外国人。
しまった! もう時間か!
結局、最後の諸手取り呼吸法ができずに、稽古時間終了。
……ああ、情けない。
整理体操をして、道場の一番下座に、門下生一同が一列に並び、指導者が一人だけ前に進み出て、『氣』の掛け軸と開祖と道主の写真が飾られた床の間「正面」に座礼。
ふりむいて門下生に「ありがとうございました」と座礼をして、稽古が終了。
普段は師範や道場長代行がされていることを、初段になって一年もたたない私がするはめになり、本当に畏れ多いことです。
門下生に座礼をした後、「今日は下手な稽古ですみません」と謝りました。
「いやいや、初めてにしては、まあまあでしたよ。会長」と、にやにやする後輩の若者。
「突きのやり方がわかって勉強になりました」と空手の有段者。
「なかなか面白かったですよ」と、にこにこする消防士の若者。
「マダマダデスネ。次ノ時ハ、ガンバリマショウ」と、片目をつむる茶帯の外国人。
彼は毎回、道場長代行のアシスタントで、体操の指導をしていますから、彼が指導した方が、もっとマシな稽古ができたはず……。
でも、後輩たちが、それぞれに組み手した相手に目配りしてくれたおかげで、ケガ人もなく、稽古は無事に終わりました。
本当は、一人一人に順番に稽古をつけてなければいけないのに。
それぞれの技で一人教えているだけで時間切れ。
他の茶帯白帯の稽古にも目配りできず、本当に情けない……。
落ち込んでいる私に、「お疲れ様でした」と声をかけてきたのは、後輩の白帯女性。
「今日の稽古は、申し訳なかったね」
「そんなことないですよ。楽しかったです。一生懸命教えようとしてたし……。みんなを指導するって、本当は難しいことなんですね」
「いつもは一対一だけど、みんなを指導するのは全然違うね。全体に目配りしなきゃいけないし、相手の技量や体調も見切って、技の種類とか、稽古時間やインターバルも考えないといけない。今まで、初心者を教えるのに自信あったけど。……不安になってきた」
うなだれる私に、彼女は、きっぱりと言いました。
「大丈夫ですよ。次の時は、絶対うまくいきますよ。それだけ色々わかったんだし」
「えっ! 次の時があるの?」
「当然です。機会があったら、ぜひやってくださいよね」
真剣なまなざしの彼女に、私は思わず苦笑しました……。
「教え子に慰められて、どないすんねん。そやけど、ええ経験させてもろたやないか」
私の話を聞いた夫は大笑い。
「お前が、茶帯の頃から、初心者教えとったから、後輩らも協力してくれたんやろう。自分の稽古しかやらんと、段取ったもんやったら、こうはいかんわ」
「自分の稽古」……有段者など自分より技のうまい人と組んで稽古をつけてもらうこと。
「相手の稽古」……初心者や少年部の子供などと組んで相手に技を教えること。
みんな初心者のうちは、「自分の稽古」に専念。
茶帯になる直前から、「自分の稽古」だけをする人と「自分も初心者だったから」と、「相手の稽古」もする人に分かれます。
確かに、有段者を選んで稽古をお願いした方が、一見、技の上達は早い。
でも、「相手を教えることで、本当に自分が技を理解しているか、はっきりする」利点もあるのです。
合気道総合情報サイト『合氣道ねっと』でも、時々「初心者や子供に稽古をつけるのが苦手。コツを教えてください」という質問が書き込まれ、私も回答します。
私の場合、茶帯になる手前の時期から、夫(空手四段剣道三段少林寺拳法三段大東流合気柔術二段柔道初段。空手と剣道の指導員経験あり)から、「自分だけがうまくなろうとするな。後輩を育てることも考えろ」と戒められていましたから。(『双輪』(後編)参照)
初心者10人のうち、1人か2人しか残らない「段取る者」として、合気道をはじめた時から、他の初心者より厳しく指導されてきた私ですが、「見込みのない者は叱られない」の夫の言葉を支えに、なんとか初段まで、たどりつきました。
このコラムを書いていて思うのですが、私は、道場長・師範をはじめ、道場長代行、師範位の皆様、有段者の皆様、茶帯や白帯の後輩たちから、なんと大切にされていることか。
ふと、開祖植芝盛平翁の合気道の奥義を歌で表現した「道歌」、『合気とは愛の力の本にして愛はますます栄えゆくべし』を思い出しました。
合気道は「愛氣道」かもしれない。
……とりあえず、次回、稽古の指導をする時は、もっと周囲に目配りして、技の時間配分も、きちんとした稽古にしたいと思います。
その「次回」は、いつかはわかりませんが。
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2008年09月16日
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数年前の私の姿と重ね合わせ、懐かしく読ませていただきました。
もっとも、
あの頃の私に貴女のような実力も余裕も全く無く、
頭真っ白で、あっという間に稽古時間が終わってしまいました。
それが悔しくて、一生懸命、稽古に励んだことも懐かしい思い出です。
私が大好きだった金曜夜の基礎クラス。
今も変わらず、楽しい稽古をされている様子で、胸が熱くなりました。
今、自分がその和の中にいない事が、ちょっぴり寂しい・・・です。
個人的理由で、稽古から離れて幾久しいのですが、『いつの日か復帰』を考えない日はありません。
その時には、ぜひ御教授くださいね。
これからも頑張って下さい。