4年に一度の大イベント、世界40カ国から多くの合気道家が参加した合気道国際大会は、盛況のうちに閉幕しました。
国際大会の翌日は、所属道場の交流稽古。
私たちの道場と交流のあるシンガポール合気会、ポーランド合気会、オランダ合気会、オーストラリア合気会の皆様。
道場と縁の深い大阪南部の道場の皆様も、マイクロバスで道場へ到着。
総勢100名近くの方が、道場に集まりました。
まず、外国から来られた皆様をもてなすために、師範がお茶を点てられました。
そして、みんなで座禅体験。
道場は禅寺の境内にあり、道場長と道場長代行は禅宗の僧侶でもあるのです。
道場長代行の「希望者はご参加ください」の呼びかけに、私も寺の本堂へ。
前々から夫(空手四段剣道三段少林寺拳法三段大東流合気柔術二段柔道初段)に、「武道家なんやから、機会あったら座禅やれ」と言われていました。
「俺は空手や剣道やってる時に、よく座禅に行ったし、少林寺拳法の時は写経もやらされたけど、あれは「集中しながら無心になれる」から、なかなかいいぞ」
「集中しながら無心になれる? なんか矛盾してない? 集中は、一点にこだわることだし、無心は何事にもとらわれないことやろ?」
「ははは。それは、まあ、実際やってみたら、わかるこっちゃ」
夫は笑っていましたが。
本堂に丸い黒の座蒲(座禅用座布団)が整然と並べられ、そこに静かに座る道着袴姿の外国人たち。
座り方は足を完全に組む結跏趺坐と、左の足を右足の太股に乗せるだけの半跏趺坐があり、「楽な半跏趺坐でもよろしい」と言われたので、ここは遠慮なく半跏趺坐。
座った後は、視線を1メートル前方に置き、ぼんやりと見る。
目を閉じてはいけない。
座禅中、雑念が多くて集中できない時は、直堂(座禅の監督者、この場合は師範)が後ろを通りかかった時に、合掌して、右肩を警策(棒状の板)で打ってもらいます。
最初の鐘が鳴って、座禅がスタート。
しばらくすると、後方で、時折響く警策の音。
「バシッ!」という、いかにも痛そうな音ですが。
夫からは、「音ほどは痛くないで」とも聞いています。
……あれは、血行がよくなって肩こりに効くかもしれない。師範が後ろを通りかかられたら、お願いして打っていただこう……
その途端、自己防御本能が起動。
両方のこめかみを使って師範の位置の捕捉開始。
「師範左斜メ後方5.2メートル」
「師範サラニ左45度0.7メートル後方ニ移動」……
刻々と自己防御本能が情報を送ってくる中、私は教えていただいた禅の呼吸をしてみます。
「まず鼻から息を吸い、息を頭の後ろの方へ送り、背中を伝わって丹田へ回し、丹田から気とともに静かに吐く」
普段は胸式呼吸をしていることが多いので、これはかなり意識しないと難しい。
「師範現在位置左35度距離8.3メートル」
……まずいな。遠ざかってしまった……。
そんな考えが頭の中をよぎりますが、私は呼吸に集中。
前日の晩、喘息発作が出ていて、この時、途中から見学しようかと思うほど、調子が悪かったのです。
呼吸を整えているうちに、妙に意識が澄んできました。
師範の位置を捕捉する自己防御本能。
警策を打っていただきたい好奇心。左肺から背中にかけて感じる喘息特有のチリチリする痛み。
それらが同時に動いている。
でも、そのどれかにとらわれるわけでもない。
……妙だな。この感覚、経験したことがあるような……。
そうか。思い出した。
昔の喘息発作。
息苦しさ、胸の痛み、激しい動悸、場合によっては嘔吐。
死への恐怖……。
喘息が年間5000人の死者を出す「死の病」であることは、最近知られてきましたが、喘息薬、特に気管支拡張剤の副作用の急性心不全で、命を落す患者も少なくないのです。
しかも、気管支拡張剤の致死量が明らかにされたのは最近のこと。
それまでの長い間、中等症持続型喘息(発作止めがないと日常生活できないランク)患者は、喘息発作の度に「喘息で窒息死か喘息薬で心臓発作か」の究極の選択を迫られてきました。
発作の最中、肉体的な苦痛や、恐怖にかられて薬を追加し続ければ、逆に命を落としかねない。
経験から、複数の効果の違う薬を時間差で、自分なりの適量を判断して使う……
体と感情と意識がバラバラでないとできないこと。
私が生き延びたのは、普段は重なり合っている感覚と感情と意識が、発作になると同時に活性化する上に、致死量の薬を使う直前に、直感が「あと一度使えば死ぬ」と警告し、自己防御本能(私と別に動いている体の意思)が、強烈な胸騒ぎを起こして、私が薬を使うのを妨害していたからです。
バラバラに動いている体と感情、そして意識。
苦しい中で意識が透明に鋭利になる喘息発作と違って、座禅は妙に晴れやかな落ち着いた気持ち。不思議なものですね。
「師範左後方15度。距離5.6メートル」
……やっと近づいてきましたか……。
その途端、鐘が鳴って座禅終了。
残念ながら、警策を打っていただけませんでしたが、不思議と執着はなく、「まあ、しょうがないか」という爽やかな気分。
胸の痛みも消えていました。
いただいたパンフレット『坐禅作法・食事作法』の解説。
『わたくしたちの意識(心のはたらき)は、一瞬一瞬に動いていますが、その一つ一つを追いかけるのではなく、流れのままに任せることが大切です。そのような心の動きの執われないことを三昧ともいい、一般には無念無想といっています』
……「無心」や「無念無想」は「何も考えてはいけない」ということではないのですね。
それにしても、喘息発作が無念無想の境地に近いとは驚いた。
今回の座禅では、「集中しながら無心」には失敗しましたが、座禅の呼吸法で喘息が落ち着いたし、すっきりした気分になったところをみると、座禅は体にいいようです。
機会があれば、本格的に挑戦してみたいですね。
「『禅』というと、宗教じみていると嫌悪される方もおられますが、私は『禅』を、物事を流れに任せる、大らかでとらわれない心と考えています。これを合気道の技に生かしたい」
そう師範はおっしゃられます。
「大らかでとらわれない心」……私もめざしたい境地。
茶道と座禅……わずかですが、日本文化にふれることのできた海外の皆様は大喜び。
さて、座禅の後は、いよいよ交流稽古です。
……次回に続く……
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2008年11月08日
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話題豊富なコラムですね。これからも楽しみに拝読させて頂きます。今後ともよろしくお願いします。