「合気道は、なんで試合がないのか、30秒で言うてみ」
道場の新年会の席上で、私に無茶な質問をしたのは、合気道歴30年、5段の男性。
「別に間違っててもいいから、自分の考え言うてええねんで」
「ええっと……まあ……」
私は言葉を濁しました。
「試合があると「試合に勝つ」ことばかり考えてしまって、武道の中にある「相手への尊敬」や「己を律する精神」だとかが、なおざりになる危険性があるからでしょう」……で、いいのかな??
「武道を通して自分を見つめる合気道では、試合は「勝負にとらわれる」からよくないとか、そんな答えでええねん。こういうのは、「正解」があるわけやないんやから」
彼は厳しい表情を見せました。
「外国の道場へ行くと、そういう問答が、いつもあるんや。稽古は、それぞれの「自分の合気道」のぶつかり合いや。……自分の合気道観を、はっきり持って稽古せんとあかん」
「はあ……」
確かに、私は私なりに、合気道観はあるつもりですが。
ただし、ルール無用、相手に対する慈悲が一切ない「護身」。
……合気道とは、対極の場所から来た私に見えている合気道の姿は、白紙の状態で合気道に出会い、長年稽古を続けている彼に見えている合気道の姿とは、おそらく別のもので……。
それを、言葉にあらわしても、うまく伝わるのかどうか……。
「それに、女性は女性にしかできん動きがある。男にはどうしてもできん、「女の合気道」を目指してみたらどうや」
「女の合気道?」
……合気道に、男とか女とか、そういうものがあるのかしらん?
「例えば、俺は男やから、女の有段者みたいに、腰のしなやかさとか、柔らかな腕の動きができん。そういう、女ならではの、女の合気道をすることも考えてみ。そうしたら、年とともに、動きに深みが出てくるで」
「はあ……」
……どうしても「女の合気道」がイメージできない……
困惑が私の顔に出ていたらしく、彼は苦笑いしました。
「まあ、この道場には、還暦を過ぎた6段(師範位)ぐらいの女性がおらんからなあ。「年取ったら、こういう合気道したい」言うような、イメージがつかめんか」
確かに、私の所属道場で、現在来られている女性の最高位が4段。
演武会や合同稽古会で、何度か他の道場の方とも稽古していますが、「還暦を過ぎた6段の女性」に出会ったことがありません。
実は、女性が武道を続けて高段位者になるのは、男性より難しい。
どうしても、結婚、出産、育児、介護などの生活の変化で、稽古ができなくなる時期があるのです。
しかも、稽古できない時期が長ければ長いほど、復帰しにくい。
私も、かつて「合気道、続けられないかも」と不安になった時があります。
2004年夏。
義母の再度入院。
市の介護保険課の人に「成功率30%以下」と言われた、無謀な介護保険の申請。
その申請の途中に過労で倒れた夫。
9月に創立40周年記念演武大会を控えた、道場にとって最も重要な時に。
……入院している義母や、退院したけれども体調が万全でない夫をおいて、稽古に通うわけにもいきません。
ろくに稽古できていない私が、演武大会に参加するのも気がひけるし。
もし、出られたとしても、義母の病状が急変した場合、急遽欠席することになって、組手の相手にも迷惑がかかる。
……演武大会出場辞退を決心し、それを師範に伝えに道場へ。
道場の奥に師範がおられたので、ご挨拶すると、「どうした。暗い「気」だね」と言われました。
応接室に招かれた私は、師範に事情を説明しました。
義母と夫が入院し、夫は退院したけれども、義母の介護は続くので、稽古に来れなくなるかもしれないこと。
義母の病状が急変した場合、突然演武大会を欠席する可能性も高く、道場に迷惑がかかるので、とりあえず、演武大会を辞退したいこと……。
師範は、最後まで私の話を聞いた後、穏やかな表情で言いました。
「大変なのはわかるが、あなたは、目の前のことにとらわれすぎているよ。演武大会は、10年に一度の「お祭り」なんだ。楽しくやらなきゃ意味がない。もっと気楽に考えよう。演武大会は出たいんだろう」
「……確かに、自分の正直な気持ちでは、出たいです」
「それだったら、出ればいいじゃないか。稽古をして、演武大会に出る。もし、不運にも、お姑さんが倒れたら欠席する。事情は、みんなわかってくれるはずだよ」
……本当に、ありがたい言葉。
この時、私は「できる限り合気道を続けよう」と決心したのです。
私の事情を知った相手の2段の女性は、「急に欠席したって、それはしょうがないよ。休んだって、あなたがいるつもりで、私一人でやっとくから」と、言ってくれました。
結局、心配した義母の病状も急変せず、私は無事に演武大会に参加することができました。
あの時、出場を辞退しなくて、本当によかった。
演武大会の後、道場に女性専用の「婦人部」が作られました。
昔、合気道をしていたけれども、子育てなどで、長いブランクがある有段者。
子供から手が離れて、合気道をしてみたい女性が入門して、にぎやかに稽古しているようです。
5段の有段者には言いませんでしたが、実は、「年をとったら、ああいう武道家になれたらなあ」という理想像はあります。
私は、支部道場の「スポーツ教室・合気道」に稽古しに行くことがあるのですが。
そこで、弓道の皆様と、よく出会います。
ある時、更衣室で、還暦を過ぎた女性と一緒になりました。
こざっぱりと白髪を結い上げ、真っ白に洗い上げた道着。
きれいに折り目のついた黒袴。
私に向かって、にこやかに「お先に」と挨拶し、立ち去った後姿。
すっと背筋がのびて、実に美しかった。
……もし、還暦まで生きていて、運よく合気道を続けていられたら、清潔感ある凛とした女性武道家になりたい……
今も、そう思っていますが……
でも、よく考えたら、このご婦人、「合気道の人」じゃなくて「弓道の人」なんですよね。
弓道は、合気道とともに、女性と高齢者が多いことで知られる武道。
している武道は違っても、そんな「凛とした老婦人武道家」を目指したいです。
しかし、まだひっかかるのが……「女の合気道」。
「女ならではの動き」……「丹田呼吸法習得」のみで突っ走ってきた私は、そんなこと、考えたこともなかった。
そして、「還暦になった時、自分はどんな合気道をするのか」
……わからない。うーむ。困った。
……次回に続く……
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2009年01月17日
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