急いで自転車で帰宅中の出来事。
駅前の歩道は傘をさした人であふれかえり、車道の路肩には、駐車違反の車がびっしり並ぶ。
しょうがないなあ。
自転車で歩道を走ったら、人にぶつかるし。
ここは路肩の車の右側、車道の真ん中を走るしかない。
車道の中央を走っていると、後ろから車が。
あわててハンドルを左に切った時、「ガコッ!」という音がしたような気がしました。
……何か、当たったようだったけど。ハンドル無傷だし、まあいいか……
そのまま走り続けると……。
突然、後でわめき声がしました。
ふりむいて自転車を停めると……。
血相を変えた中年男が、ものすごい勢いで、こちらにむかって走ってきます。
「うちの車を壊したな! 紙に住所と名前書けや! 弁償じゃっ!」
ややこしいものにひっかかったわ……。
私は内心舌打ちをしました。
車が壊れるほどの衝撃なら、自転車のハンドルは無傷なはずがないし。
第一、衝撃で私は車道に転倒、後ろからきた車に轢かれて死んでいるはず。
警察を呼ばないところをみると恐喝か?
「すみません。私は車のことはわからないので。ちょっと主人を呼びます」
私の言葉に、男は驚いたようでした。
「な、なに……こっちも、警察呼んだるからな」
そこで、男は警察に電話。
私も相手のナンバープレートをメモし、休日で家にいる夫に電話……しかし、なぜか電話に出ない。
仕方がないから、留守電に伝言。
そうしているうちに、警官が2人きて、車の損傷と自転車の損傷を確認。
居丈高に「免許証は?」と訊かれて、「免許は持っていません」と答えると、なぜか急に警官の態度が優しくなりました。
警官は男に何事か話すと、激昂していた男も「まあ、起きたことはしゃあない」と、妙に冷静になりました。
……何が起こったんだろう?
「双方ケガ人がいませんから、物損事故ということで、賠償は示談で決めてください。警察は民事不介入ですから」と、警官に意味不明なことを言われ、私と男はお互いに住所と名前、電話番号をメモに書いて交換。
この時私は、自分の携帯ではなく、自宅の電話番号を書いておきました。
車のことが全然わからないので。
携帯に電話されても迷惑ですし。
夫が車でやってきたのは、警察と男の車が去った後。
「あほっ! 雨の日に傘差して、自転車なんか乗るからじゃっ!」
「……すみません」
「相手も相手や。駐停車禁止区域に車停めとって、なにぬかしとんねん!」
帰宅後、自動車保険の相談センターに連絡してみましたが。
「総合賠償特約に入ってないあなたが悪い。相手の言うままの金額を全額支払いなさい」
……なんだそりゃ。
翌日、事故証明の申請で交番へ。
相手の被害は右のドアミラーカバーに少し傷がついた程度だそうです。
「ミラーカバーって何十万します?」と訊いたら、警官は大笑い。
「奥さん。大丈夫ですよ。……何かあったら、いつでも警察に言うてきてください」
……そんなに頼りないように見えるのか。私。
示談なんか初めてだし。どうしよう……
帰宅して、夫に警官の話を報告。
「俺、昔、ガソリンスタンドの仕事やっとったから、大体値段わかるけど。ミラーそのもん無傷やったら、大したことないわ。俺が交渉するから、お前は電話に出るなよ」
ちょうど、その時、電話が鳴りました。
夫が出て、妙に無愛想な応対をしはじめました。
……いったい誰なんだろう?
私が不審に思っていると、夫は突然大声で叫びました。
「カバーが8万5千円やと! なめとんのかっ! わりゃっ!」
窓ガラスがびりびりと音をたてる、気合いのこもった声。
「嘘つけっ! 俺は昔車屋やっとったけど、ミラーカバー1万円もせんわ! 警察もミラー割れてない言うとるわっ! そもそも、おどれが駐停車禁止区域に止めとったから、こんなことになったんやないか。おどれのドアミラーに、うちのヨメが引っかかって、こけとったら、どないしてくれるんや。車に轢かれとったら、弁償どころの話やないで」
しばらく夫は、大声で説教していましたが……
「どうや。2万で手打たんか?」
突然、平静な声で相手に提案。
「修理代は払う。そやけど、交換に20分かからんカバーに、代車代上乗せすんなや。『2万で示談とします』と紙に書いて署名捺印して送ってきたら、すぐに2万払うたる」
夫は、そう言って電話を切りました。
「2万で応じるかねえ。警察に「見積もりもなく8万5千円要求された」って相談する?」
弱気な私に、夫は不敵な表情を見せました。
「まあ、声の感じでは、むこうは強欲やけど素人や。2万で手打つやろ。修理実費に迷惑料上乗せした金額やし……。何より、駐禁の場所に止めとったのと、警察呼んでもうたんが、致命的やな。示談書送ってきよったら、2万払うたれや」
相手は駐車違反を警察に知られたくなかったので、いきなり私に弁償を迫ったらしい。
でも、私が「夫を呼びます」という予想外の対応をしたので、警察を呼んでしまった。
警察は、駐車禁止なのに取り締まっていなかったことと、私が免許を持っていない「交通弱者」であることを考慮して、相手を駐車禁止で減点せず、「民事不介入」としたらしい。
欲を出した相手は、ドアミラーを左右両方、丸ごと最新式の部品に交換しようと、8万5千円を請求……。
電話を取ったのが夫だったのは、運が悪かったですね。
念のために、合気道の後輩の若者に、相手の車のミラーカバー代をメールで訊いてみました。
彼は板金屋。
時々車を修理しているので、正確な部品代がわかるはず。
すぐに彼は値段を調べてくれました。
5490円。
手間賃は5000円しないそうです。
『絶対車屋とグルですよ。見積書きたら、俺見ますわ。突っ返してやりましょう』
……そうなのか。
2万円。
ちょっと払いすぎかもしれないなあ。
数日後、相手から、見積書ではなく、2万で示談とする旨の示談書が届きました。
お金を振り込んで示談終了。
……やれやれ。手間のかかる体験でした。
合気道の稽古で、後輩に会った時に、お礼を言いました。
「今回は、申し訳なかったね」
「いやいや、会長(なぜか彼は私をこう呼ぶ)のお役に立ててよかったです。でも、自動車保険の約款は、よう見とかんとあきませんよ。総合賠償特約はつけておかんと」
「保険は詳しいの? 板金屋なのに?」
彼は苦笑しました。
「修理だけじゃ食えませんからね。保険代行、車検、なんでもやってますわ」
これはいいことを聞いた。
車も古くなってきたので、相談できる車屋がほしかったのです。
嫌な経験でしたが、勉強になったし、信用できる車屋が見つかったのは収穫でした。
ラベル:自動車保険
しかし、悪い奴がいますね。
旦那様気合いが入っていて、かっこいい。
さすが武道家。腹が据わってます。
雨の日の自転車はお気をつけ下さい。
私はカッパを着て走ります。