クッションに座ってテレビを見ていた時、夫が、「ちょっと、ソファに座ってみ」と声をかけてきました。
言われるままに、私がソファに腰かけるやいなや、夫は後ろから私の頭を抱え、持ち上げて、左に向けました。
その途端、「バキバキッ!」と頭蓋骨に響くすさまじい音。
一瞬首に走った軽い痛み。
私は思わず悲鳴をあげました。
「いててててっ! 首折れたぁ!」
手を放されて、首をおさえる私に、夫は呆れたような表情で言いました。
「あほ。大げさ言うな。第2頚椎が歪んどったから、治したっただけやんか。だいたい、人間、首の骨折れたら即死やねんぞ。「首折れた!」とか叫んどるヒマあるか」
「……すみません」
「首回してみ。前より軽いはずや」
言われた通り、左右に首を回してみました。
左に回りにくかった首が、左右同じように回るようになり、心なしか肩も軽い。
「……まあ、俺も柔術家の端くれやから。こういうことも、できるんや」
夫は謎めいた薄笑いを浮かべ、また、テレビの画面に見入ってしまいました……。
……柔術は、整体???
『ウィキペディア(2009.6.17 11:26)』によると、柔術は相手を倒す「殺法」と応急処置の「活法」とで成り立っています。
柔術は、投げや関節技を主体にしているので、脱臼や骨折、捻挫などがつきもの。
それを早く回復させるために、柔術の技を応用した「接骨(ほねつぎ)術」が発達。
柔術の道場主が、道場と接骨院を一緒に経営することが多かったようです。
大正9年(1920年)、「柔道整復師」認定制度ができ、接骨術を心得た柔術家や柔道家が、施術所を開くことができるようになりました。
現在、柔道整復師は国家資格。
扱えるのは、外傷による打撲・捻挫・挫傷・骨折・脱臼などに限られていますが、解剖学、生理学、病理学、衛生学などを学んだ医療のエキスパートなのです。
これに対して「整体」は、日本古来の接骨術に中国医学の手技療法や、オステオパシー、カイロプラティックなどを加えたもの。
手技と補助器具で、骨格や関節の歪み・ズレを修正して、症状を改善させる民間療法。整体師は民間資格。
医師ではないので、手術や投薬、検査や診断などの医療行為は禁じられている。
……うーむ。「ほねつぎ」と「整体」を、ごっちゃにしてたなあ。私。
ちなみに、武道雑誌『月刊秘伝』2009年4月号の特集『武術療法の底力』。
これは非常に興味深い。
「ほねつぎ」の起源は奈良時代。
701年に成立した大宝律令の骨や関節を治す「按摩博士」。
「ほねつぎ」の基本は、折れた骨の部分を、まずひきのばし、正常な位置に戻して固定し、湿布などを貼ること。
……なるほど。
武士の戦場での応急処置の技術として必要とされた「活法」が、柔術に受け継がれ、柔術の流れをくむ、大東流合気柔術、そして、大東流から分かれた合気道にも、引き継がれたというわけです。
例えば、合気道には、さまざまな関節技がありますが、相手を固める時におさえる部分は「ツボ」であることが多いです。
もちろん、ツボは急所でもありますから、力いっぱい押せば、相手にダメージを与えますが、適度な刺激は健康にいいそうです。
固め技も、相手の背筋や腕を後ろに伸ばす、ある意味「人間が普段やらない不自然な動き」が多いですから、ぎゅっと力任せに固めれば、骨折させる恐れがありますが。
取り(技をかける方)が、ゆっくりと技をかけ、受け(技をかけられる方)が体の力を抜いていれば、受けにとっては、よい柔軟運動にもなります。
……このように、武道は「殺す技術」と「活かす技術」が、ワンセットになっている点が、他のスポーツと大きく違っているところ。
柔術の流れを汲む合気道は、どちらかといえば、「相手の体を伸ばして固める」系統の動きが多いですが、これとは別系統の「活殺自在」の武道もあります。
……次回へ続く……
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