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2009年07月18日

破壊と躍進(後編) 型と技

しょうがないなあ。

ここは夫に訊いてみましょう。

夫は空手四段剣道三段少林寺拳法三段大東流合気柔術二段柔道初段。
空手と剣道の指導員の経験がある人ですから。
何かヒントがつかめるかも。

リビングでビールを飲んでいる夫に、声をかけてみました。

「空手の得意技……確か、後ろ回し蹴りが得意やったよね。例えば、空手の試合の時に、得意技で、絶対に決められる自信ある?」
「……何を唐突に、わけわからんこと言うとるんや」

私と二段の若者が「得意と思っていた技が、ある日突然苦手技に変わる現象」に悩んでいる話をすると、夫は苦笑しました。

「俺は後ろ回し蹴りと横蹴りが得意やったけど。それを試合で決めたろとか、思えへんかったな。試合中に、そんな雑念あったら負ける。相手かて動きよるし、色々しかけてきよるわけやから、「いつも得意技で、きっちり決めたる」いう方が、非現実的や」

「合気道は試合がないし、「技を型通りにする」ことには、うるさい方やと思う」
「そりゃ、型……基本ができてないことには、上達せえへんで。そやけど、「常に型通り」とは別問題や」

ビールを一口飲んだ後、夫は突然真顔で言いました。

「……お前、今、何を迷うとる? 何がそんなに不安なんや?」

どうやら、胸の中の、灰色でモヤモヤした部分を見透かされたようです。

「……最近、自分の技に納得いってないんや。今のところ、丹田呼吸法の最初のステップ、一技一呼吸、一つの技の間、息を細く長く吐き続ける稽古を、自分のテーマにしてるわけやけど。そっちの方にとらわれすぎかなあ、とも思うし。技がうまくいく時と、うまくいかん時が極端やし。しかも、無造作に相手を投げてるような気がする。有頂天にならんように、「うまくできたのは錯覚」と思うことにしてるけど。……でも、それじゃ、稽古してて、楽しくないんだわ」

「うまくいかんで当たり前や。お前、まだ初段やんか」

夫は大笑い。

「空手にしても、剣道にしても、そうやけど。まだ初段、二段やったら、自分のイメージ通りに打ち込めた時は、相手が、自分のイメージ通りに動いてる時だけや。相手がイメージ通りに動かんかった時は、応用の技するしかないやろ。それの何がいかんねん?」

「……わからん。前は、自分より大きな外国人を投げる時、相手の大きさと重さに振り回されることが多かったんやけど。最近、無意識に間合いを調整して、なんとなく投げてる」

「普通とちゃうんか? 柔道にしても、大東流にしても、合気道にしても、柔術系の武道は、相手の動き、力の方向を利用して技かけるもんやねんから。間合い調整するのは当たり前や。そやけど「なんとなく投げる」のはあかんな。もっと動き意識せんとあかんで」

「……わかっているけど……」
「けど……何や?」

私は、夫から視線をそらしました。

「元々、私は、喘息に効く丹田呼吸法を習得するために合気道をはじめたわけやけど。周りには、そういう人がいないし。みんな楽しそうに稽古して帰っていくのに。私は、その日の体調とか、天気(雨の直前に喘息が悪化する)とか、次の日の仕事の量(運動量が多ければ喘息が悪化する)とか考えながら、加減して稽古せんとあかん。……そういうのは、邪道かなあと思ったりして。症状は軽くなってるけど、稽古した日の夜中、発作起こすことが多いし。……時々、「私は何やってるんやろう」って思う時があるねん」

うつむく私に、夫は穏やかに言いました。

「楽しいだけが稽古やない。俺かて、空手二段の審査の時に、アバラ折られて入院したことあるけど。それでやめようとは思わんかったで」

夫は、ビールジョッキを持ち上げました。

「武道やる動機とか、武道から何を学ぶかは、人によって違うやろ。俺は大勢の武道家を見てきたけどな。喧嘩強くなりたくて空手はじめる子、剣道漫画に憧れて剣道する子、オリンピックに出たいから柔道する子……いろんなやつがおった。そやけど、それがあかんわけやないで。俺も『空手バカ一代』に憧れて、空手はじめたわけやけど。そのモデルの大山倍達先生に、直接ご指導いただけたのは、ほんまに運よかった……」

寂しげな表情の夫。
家業の鉄工所の倒産と父親の死が、夫に武道を断念させたのでした。
今も時々、台所で空手着を着て型稽古をしている姿を見ると、心底武道が好きな人だなあと思います。

「お前が、合気道を通して学びたいのは何や?」
「喘息を軽くする丹田呼吸法習得と、「揺るがない心」」

「そんでええんちゃうんか。別に、誰にも気兼ねすることあらへんで」

ビールを一気に飲み干し、夫は言いました。

「はっきり言うて、何十年合気道しようが、何段になろうが、どんな時でも、完璧に、自分の納得いく技をするのは不可能や。相手がおるわけやから。……そやけど、自分の技に納得しとったら、いつまでたっても上達せんわ。今の自分の技に納得いかんのは、武道家やったら、誰しもぶち当たる壁や。二人ともあせり過ぎ」

夫は缶を開け、ビールをジョッキに注ぎ込みました。

「合気道は二人一組でないと、稽古できんからな。とりあえず、二段の子と基本の稽古を徹底してやる。それから、なるべくイレギュラーな動きで攻撃してもらって、稽古する。基本の型も応用技も同じぐらいやらんとあかん」
「そんなんで、なんとかなるもんかなあ」

「お前ら、まだ初段と二段やろが。これから何十年と武道続けていくわけやろ。たかだか6、7年で、そない言うててどないすんねん。……やれやれ。ほんまに、頭でっかちで、世話の焼けるやつらや」

夫は苦笑しました。

『開祖は、「今日習ったことは忘れなさい」と言われていた。今日と明日は違うのだから、今日に固守していては前に進めないということだろう。学ぶことは大事である。今日学んだことを会得するように最大努力しなければならない。その上で、次に学ぶときはそれに固守せず、それを忘れて学ばなければならないのである』

『佐々木合気道研究所』の所長、佐々木貴七段は、難しいことを書かれていますが。

自分の作り上げたものを自分で壊し、壁に当たって壁を壊し、試行錯誤しながら前に進む……それは「武道家の業」なのかもしれません。
ラベル:合気道 空手
posted by ゆか at 10:01| Comment(1) | TrackBack(0) | 武道系コラム | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
深いですね〜。

旧弊を脱して革新的なことを為しえてきたとしても、いつしかその所作そのものがルーティンなものとなってしまう。

その結果、今をぶち壊さなくては、その先に進めないのに、手馴れた行為から逸脱する怖さと慢心から、何時しか自らが旧弊と化す。

う〜ん。全てにおいて、以って銘すべきことだと思います。
Posted by MOLTA at 2009年07月19日 11:58
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