「講習会に参加しませんか」
……初段を取って、しばらくすると、そんなお誘いを受けるようになりました。
よその道場の講習会や稽古会などイベントに興味はあるけど。
呼吸量が人の7割の私が、稽古についていけるかな。
途中で喘息発作起こして、ご迷惑をおかけしないかな。
でも、熱心に誘う方もおられるし、最近喘息もマシなので、出てみたい気もする……
ここは一つ、夫(空手4段剣道3段少林寺拳法3段大東流合気柔術2段柔道初段)に訊いてみましょう。
「よその道場の講習会とか、どうなんだろう?」
夫は面倒くさそうに答えました。
「お前も黒帯なんやし。「どうなんだろう」とか言うとらんで、さっさと出稽古でも講習会でも行ったらええやんか。ビジターは勉強になるで」
大抵の武道には、同じ流派間で、道場外の人が単発の稽古ができる「ビジター制」があります。
この制度を使って、所属道場とは別の道場に出かけて、いつもと違う指導を受け、いつもと違う相手と稽古して、いろんなことを学ぶ。
そんなメリットがあります。
「最近、黒帯になってから、妙にお誘いが増えて。興味はあるんだけど。喘息だし……」
「喘息なのは、しゃあないやんか。発作出ん程度に稽古して、後は見学させてもらえ。それに、お前、初段いうたら、「どこの道場でも通用する」いう意味あるんやで」
「そうなの?」
「あほ。お前、黒帯の重みが、わかっとらんな」
呆れた表情の夫。
「「喘息に効く丹田呼吸法を習得するために、まず、最低でも初段取れ。そこがスタートラインや」って言うたやんか。だから、がんばって初段取ったのに」
私が文句を言うと、夫は困ったような表情。
「そりゃ、俺、そない言うたけどな。いつまでたっても、丹田呼吸法一点張りは、あかんやろ。合気道には、いろんな面があるんや。どうも、昔からお前は「思い込んだら一直線」やからなあ。もうちょっと、他のことにも目を向けんと。周りも心配して、誘うてくれてるんやろ。体調よかったら勉強してこい。くれぐれも先方に、ご迷惑かけるなよ」
私は、ある稽古会に出ることにしました。
関西の演武大会や、先日の所属道場の合同演武会で、ご一緒している顔見知りの方の主催です。
所属道場の稽古のない日曜日。
会場の地元の体育館。
畳のある柔道場には、私たち4人の他に誰もいませんでした。
広々としていて稽古しやすそう。
「喘息持ちなので、途中でしんどくなったら、稽古を抜けさせてもらっていいですか? 発作が出て、ご迷惑をかけるのも申し訳ないので」
「かまいませんよ。無理しないで、自分の体調に合わせて、稽古を楽しんでください」
主催者は穏やかに言いました。
先生は私と同じ合気会。
神奈川が本部の団体で長年稽古し、大阪転勤を機に、本部の許可を受け、市の体育館を借りて稽古会を開いておられる方。
私よりも6つも年下なのに。すごいなあ。
まず、準備体操。「これでもか」というぐらい続く、執拗なストレッチ。
続いて、5分間の木剣(木刀)の素振り。
「正面突きでも袈裟斬りでも、好きな型をやってください」と言われてもなあ。
所属道場は、いつも大勢の人がいて「振り回して当たると危険」なので、めったに木剣の稽古をやりません。
たくさんの型を知らないのです。
とりあえず、「正面打ち」と「四方斬り」の基本型をやりましたが。
持ち慣れない木剣の重さで腕がだるくなり、休憩して見学。
先生の鋭い気合い、きれのある動きを見ていると、うらやましくて仕方がない。
続いて技の稽古。
時々、ビジターで私の所属道場に稽古に来られている方なので、「あなたの道場では、この技を、こうやりますが、僕の道場では、こうやります」と、丁寧な説明をしながら稽古を進めていかれます。
少人数だと、きめ細かな指導ができます。
技の運動量を相手との体力差を考えて、技の種類を変えたり、稽古相手の組み合わせを変えたり、途中で休憩させてもらえたり。
……懐かしいなあ。昔の初心者クラスみたいだ。……
道場長代行が指導する、基本技ばかりの通称「初心者クラス」。
いつも20人以上が稽古しています。
初心者が上級者や有段者になった後も稽古を続けているからで。
最近では、高度な技の稽古もするようになりましたが……。
7年前、初心者の私が道場に来た頃には、本当に「初心者」だけ。
下手をすると、私以外に誰も来てなくて、道場長代行とマンツーマンの稽古の時もあったなあ……。
稽古が終わると、じっくりと整理体操。
準備体操と整理体操で稽古時間の5分の1。
でも、ストレッチに時間をかけると体に疲れが残らないので、理にかなっています。
稽古が終わって、私は先生にお礼を言いました。
「今日は勉強になりました。やっぱり、木剣の素振りは必要ですね。これまでは、杖(じょう:合気道で使う棒状の武器)の型ばっかり家で練習してましたが、考えなおします」
「杖は初心者向きじゃないですよ。まず木剣から入って、初段あたりから、杖をはじめる方が妥当でしょう。……なんで、家で稽古するほど、杖に執着されるんですか?」
「初心者の時に、稽古中、突然、杖の十三型をやるはめになって、何がなんだかわからないうちに、全然できずに終わってしまったんで。それが、ものすごく悔しいのです」
「合気道をはじめられて、何年?」
「7年目になります」
先生は微笑みました。
「……執念深いですね」
「すみません。執念深いです」
思わず私が謝ると、先生は声を上げて笑いました。
武道では「執念深い人」は「自分の上達を固く信じて地道に稽古を続ける人」をさしています。
でも、面と向かって、にこにこしながら「執念深いですね」と言われたのは初めてで。
何か悪いことのような気がして、なんとなく謝ってしまいました。
「これまで、喘息に効く丹田呼吸法習得のため、そればかりで突っ走ってきました。周りの人が「合気の精神」とか「動きの美しさ」を追求しているので。テクニックに執着する、私みたいなのは邪道なのかと悩んだりします」
「……別に、丹田呼吸法で突っ走ってもいいんじゃないですか。技術から入って心を学ぶのも、ありなんじゃないかと、僕は思いますけど」
先生に穏やかに言われて、ちょっと安心しました。
他道場なのに、なぜか懐かしく、いい出稽古でした。
……次回に続く……
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2009年10月10日
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