「声を出さなくても気合が出せる?」……。
私は喘息持ちで、生まれつき呼吸量が普通の人の7割しかありません。
大声で気合を出せないので、よくわからないのです。
確かに「大声を出す」人、つまり肺活量が多い人ほど体力はありますが。
武道が面白いのは「力の強い者が必ず勝つ」とは言えないところ。
ここは、空手4段剣道3段少林寺拳法3段大東流合気柔術2段柔道初段の夫に訊いてみましょう。
夫は「大声で気合を出す」武道、空手と剣道の指導員でもあった人です。
「剣道や空手では、大声で気合を出すと、自分を奮い立たせたり、相手を威嚇できて試合に有利だそうだけど。気合と強さは比例する?」
「あほ。声大きけりゃ、強いってもんやないわ」
夫は大笑い。
「声出すんは、威嚇よりは自分奮い立たす方が大きいわ。中には、声出すんが目的になってまう、勘違いな奴もおるけどな。……そやけど、お前、また変なこと思いついたな」
「この前、出稽古で木剣の素振りをしたけど。声出さないと、素振りってできないんだよね。道場では、めったにやらないから、気づいてなかった」
「そりゃ、剣道とか薙刀とか杖道とか、武器で打ち込む武道で、声出さずに動くのは無理や。タイミングがつかめん。そやけど、柔術系の大東流や合気道は、そうやないやろ。相手が気合で押してくるのを、まず引いて、それから技かけて投げる。空手みたいに、気合と気合がぶつかる打撃系の武道でもないわけや」
「……まあ、そうかもしれんね」
合気道の場合は、相手に接するまでは息を吐く、相手に接したら息を吸って、相手に密着し、投げたり押さえ込む時は息を吐く……と教えられています。
「出稽古に行ったところの先生がおっしゃるには、道主先生は、声を出さずに気合だけ出して演武されるらしい。ということは、気合イコール声じゃないわけかな」
「「演武されるらしい」って何やねん。お前、演武見たことあるんやろ? ……相変わらず、見取り稽古ダメか」
「すみません」
私は、昔から「動くものを凝視する」ことが大の苦手で、見取り稽古も苦戦中。
夫は、にやりと笑いました。
「ところで、お前、気合は、体のどこから出てくると思う?」
「「腹の底から気合を出せ」という言葉を聞いたことがあるから、下腹かな?」
「やっぱり、わかっとらんな。……気合とは思い。まず、自分の心から出る。それが、腹にたまり、吐く息と一緒に一気に出る。思いが強ければ、吐く息は自然に声になる。声を出すと、気合と息を一気に出させやすいからな。「声を出せ!」いう教え方になるわけやが。声を出さずに気合だけ出すのは、できんこともない」
……うーむ。謎やなあ。
ある段階になると、声を伴わない気合、「無声の気合」ができる?
ちなみに『佐々木合気道研究所』によると、合気道の呼吸の鍛錬には、いくつかの段階があります。
最初は、息を吐きながら受身をとる。息を吐きながら技をかけて息が切れないようにして、体を作る。
次に、呼吸に合わせて技の稽古をする「一技一呼吸」。
息を吸ったとき筋肉は柔らかくなり、吐いた時は硬くなるので、体を強固に、そして柔軟にする。
……ここまでは胸にある横隔膜(呼吸横隔膜)を使った腹式呼吸。
ここからが骨盤横隔膜(腹の底にある横隔膜)を使う呼吸になります。
3番目は、呼吸をしながら、手先や足、腰や腹などの体の各部位をイメージで結ぶ。バラバラに動いていた体の各部を一つにする。
4番目は、呼吸を使って心を体に結ぶ。呼吸で自分の心をコントロールする。
5番目は、息を吸って相手にふれて、相手にくっつくことができるようにする。
6番目は、相手と呼吸を合わせて、相手の心と同調し、相手を自由にできるようにする。
……私は第2段階の「一技一呼吸」で、つまずいたままなんだなあ。情けない。
骨盤横隔膜を使って呼吸すると、大腰筋などの、普段自分の意思では動かせない深層筋を効率的に動かせて、強い力を発揮できる……らしい。
具体的には、技のかけはじめに相手に触れた時から、骨盤横隔膜を下げていき、腹に息と気合を溜めていく。
投げる、押さえるなどの技をかける段階で、息と腹のエネルギー(気合)を一気に出す……らしい。
興味深いことに、『晩年の開祖も道場での稽古は掛け声のない静かなものだった』と、佐々木合気道研究所の佐々木所長は証言されています。
「「声」を発して呼吸横隔膜と骨盤横隔膜を働かすと、身体の機能(力や安定性)を効率よく引き出せるが、呼吸横隔膜と骨盤横隔膜が自在に働かせるようになると、実際に声を発しなくとも、肝に力を入れるだけで、身体から最大限の力を出すことが可能である」
……佐々木貴7段は、そうおっしゃるのですが。
開祖や道主先生は、この領域に到達されているから、声を出さずに気合だけ出せるのでしょうか。
なにしろ、第2段階で停滞中の私には、「無声の気合」の実態が全然わからないわけです。難儀だなあ。
今回は、合気道の呼吸の謎を解明しようとしたのに、かえって謎が深まっただけのような気がします。ああ、情けない。
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