私は夫に言いました。
「たぶん人が一杯で、思うように稽古でけへんけど。出稽古させてもらってるとこの先生は、「道主先生は、声を出さずに気合を出した演武をされる」と言われてたんで、ぜひ、この目で、確かめてみたいんや」
「気合も大事やけどな。他に、見んならんポイントがあるやろ」
「えっ?」
空手4段剣道3段少林寺拳法3段大東流合気柔術2段柔道初段の夫は苦笑しました。
「気合を出した演武見る言うてるとこみると、お前、演武全体見る気やろけど。お前の動体視力やったら、無理やで。演武見てわかるんか?」
「……えーと……たぶん……」
「ほんまに? 絶対自信あるか? 見た後、俺に、ちゃんと説明できるか?」
たたみかけるように迫る夫。
「……すみません…自信ありません……」
私は「動くものを凝視し、それを解析し、自分のものにする」ことが大の苦手。
一度見ただけで、どのぐらい学べるかなあ。
「今回は、道主の体さばき、重心の移動だけに的を絞って見てみ。ほんまは、足見れた方がええねんけど、袴で見えにくいやろうから、腰、重心の位置の変化だけ見る」
「え? それじゃ、気合の方がわからんやんか」
「いや、たぶん、気合は手とか足とか、一ヵ所だけから出てないと思うで」
「???」
「まあ、見てみたらわかるわ」
また謎めいたことを言う夫。
関西地区合気道道主研鑽会当日。
道主先生のご指導を受けようと、39の合気道団体、420名の合気道家が市の武道館に集結。
広い柔道場を人が埋め尽くした状態。
こうなると、一人あたりが使える面積は畳1畳分以下で、思うように技をかけることができません。
相手を力いっぱい投げ飛ばそうものなら、隣で技をかけている人にぶつかって、怪我をしかねないからです。
道主先生の演武について、以前「どこから見ても端正で美しい「折り紙細工の鶴」」と表現しましたが。
今回は、それに重さと力強さが加わっていました。
時とともに演武の形も変化していくのですね。
今回の道主先生の見本の演武を見る二つの課題のうち、まず、気合。
剣道や空手のような「叫びとともに発する槍のような鋭い気合」ではなくて、道主先生は終止無言。体全体が「金剛石のような気合の塊」になっておられるような感じ。
技をかけて相手を投げる、相手を関節技で固める時は、丹田から腕を通して、さらに強い水流のような「気」が出ているのが、はっきりわかる。
この「気合」の出し方は、かなりの修練が必要になりそうです。
「合気道は体さばきが大切です。すべての技の基本は、入身、転換、呼吸力です」
……なるほど。道主先生の、この一言を聞けただけでも、研鑽会に参加した甲斐があったというもの。
「入身」は相手の側面に入り攻撃を避けること、「転換」は体を回転させ、相手の体勢を崩すこと、「呼吸力」は体全体の力で相手を制することです
そして、道主先生の重心の位置の変化。
どう相手がかかってきても、畳の上を、すうっとすべるような静かな動き。
しかし、相手に合わせて位置を変えながらも、常に主導権は道主先生にあり、特に転換する時の体の軸は決してぶれない。
よく考えてみると、普通に歩く時、体の重心の位置は上下左右に動くもの。
無駄な動きをせず、重心の位置をぶれずに移動させるには、どうしたらいいのかな?
道主先生を囲む人垣で、結局、肝心な足元、膝から下は全然見えなかったのです。
……困ったなあ。
演武会が終わり、帰宅して、その話を夫にしてみました。
「一応、そこまではわかったわけか。多少、見取り稽古できるようになったな」
夫は笑いました。
「それは運足(うんそく)やけど。こればっかりは、自分でやらんとわからんで」
……次回に続く……
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( )の中は道主のお言葉ですか?
それともどなたか別の方の教えですか?