彼は私にそう言いました。
彼は大阪府立渋谷高校の同級生。通関士で居合3段。
『袴考』は合気道、剣道、弓道、居合道などを、「袴の武道」として考察したもの。
合気道だけでなく、剣道、弓道、居合道などの皆様の支持も得て、昨年の人気コラムランキングの上位に入っています。
「袴にある5本の筋、あれに意味があるのは、知ってますよね」
「確かに、袴のことを調べてる時、そんな噂は聞いたけど」
私の返事に、彼の顔色が変わりました。
「噂じゃありません! ほんとのことなんです。由花さん。武士として、それじゃ、いかんですよ」
「そんなん言われてもなあ……大体、私は「武士」じゃないやんか。「問題児」とか「乱暴者」とか「武闘派」って呼ばれてる人間だし、それに、第一、合気道じゃ、居合みたいに刀使わないし」
彼は不敵な笑みを浮かべました。
「いやいや。僕ら、居合の人間は、刀の稽古だけじゃなくて、木刀を使った組太刀もやってます。たしか、合気道にも組太刀ありますよね」
しまった。そこまで知っているのか。
実は、「刀を使ったら、もっと合気道が上達できるかも」と、居合をはじめる合気道家がいるのです。
私の所属道場にも、そんな熱心な若者たちがいます。
合気道と居合道は、「型を通して己を見つめる」系統の武道。
しかも、お互いに交流があるわけですから、「合気道に詳しい居合道家」がいても、不思議じゃないんですね。
あまり知られていないことですが、現在では、素手を基本に稽古する合気道にも、二人一組で木刀を持って稽古する「組太刀」の型があります。
開祖の剣の技を継承された、茨城の岩間道場の故斉藤守弘師範が集大成したもの。
「だから、由花さんも、立派な「武士」なんですよ」
うれしげに彼は言いました。
「ということで、「袴の筋の意味」について、「武士」として知っとかんとあかんのです」
「……そうかなあ」
ためらう私に、彼は追い討ちをかけます。
「由花さんは、コラムニストだから、簡単に調べられるでしょう」
「あのね。コラムニストは文章書く人。調べる人じゃないんだけどね。調べられるのは、私がレファレンス(情報検索技術)できる司書だからだよ」
「でも、結局、調べて書けるんだ」
「……そりゃあ、まあ、そうだけど」
にこにこしながら、彼は言いました。
「じゃあ。武士として、袴の筋の意味について書いてください。僕がリクエストします。『ventus』はリクエスト制でしたよね」
「……しゃあないなあ」
「「武士」として、袴の筋の意味について書く」……久しぶりに、無茶なリクエストをいただきましたね。
「会長、ここは一つ、自分の昇段審査のDVD見て、ご主人に叱られてください(『観照』)」以来だなあ。
それにしても、大阪府立渋谷高校昭和59年卒・卒業記念25周年同窓会で出会った、最初の彼の言葉……それが、ガラスの棘のように、今も胸にささっています。
「合気道やってて、しんどくありませんか? 僕と一緒に居合やりませんか。居合は、合気道ほど体に負担がないし、丹田呼吸法もあります。走りもしません。武道系コラム読んでて思うんですけど。なんで、夜中に喘息でしんどい目して、そこまでして、合気道の稽古せんとあかんのですか?」
真剣に心配してくれているのは、うれしいけれど。
この時、彼の「なぜ合気道か?」の問いに答えられなかった私。
よく考えると、私の場合、たくさんの武道の中から、「これがいい」と、自分の強い意志で合気道を選んだわけじゃないんです。
ほとんどの武道は、準備運動にランニングをしますが、私は喘息で、すべての「走る」運動にドクターストップがかかっている身。
「合気道は走らないし、喘息を軽くする丹田呼吸法がある」と夫に勧められて合気道をはじめたのです。
まさか、居合いも走らず、丹田呼吸法もあるとは……困ったな。
「なぜ合気道か?」……即答できるほど強い動機がない。
単に「好きだから」では、曖昧で説得力がないし。
でも、この質問の答えが見つかれば、自分の合気道に対する姿勢が劇的に変わるような気がする。
「なぜ合気道か?」の答えは後で考えるとして、とりあえず、リクエストの「「武士」として、袴の筋の意味について書く」、やってみましょう。
……次回に続く……
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