つい、どうしても無意識に利き手を使ってしまうので、左肘が痛みます。
夜には夫が帰宅。
道場で左肘を痛めてしまったと報告しました。
「ちょっと見せてみ。関節はずれたぐらいやったら、はめたるで」
夫は、空手4段剣道3段少林寺拳法3段大東流合気柔術2段柔道初段。
少林寺拳法と大東流合気柔術の知識と技術で、脱臼や捻挫などの簡単な怪我の応急処置ができる人。
私は服の袖をまくって、左肘を見せました。
「あいかわらず、ぽちゃぽちゃした腕やなあ。ちょっと太ったんとちがうか?」
「よけいなお世話や。ちゃんと肘の具合診てくれへん?」
「右腕も出してみ」
夫は左右両方の肘をながめました。
「特に腫れはないか。骨折やったら、痛くて動かせんはずやから、それは大丈夫そうやな」
私は夫に指示されるまま、左右両方の肘を曲げたり伸ばしたり。
夫は「ここは痛いか?」と訊きながら、私の手首や肘のツボを軽く押さえてみた後、にやりと笑いました。
「……まあ、たぶん、筋軽く延びただけやな」
「筋?」
「靭帯の軽い肉離れや。稽古ではありがちなことや。安心せい。断裂までいっとらへんわ」
「靭帯断裂!」
夫の予想外の言葉に、ぞっとしました。
合気道の稽古で、まれに骨折の話は聞くのですが、靭帯断裂なんて、思いつきもしませんでした。
「怪我した直後に冷やしとるから、この程度ですんだんやろけど。……そやけど、お前が稽古で怪我するんは珍しいな。何やってたんや?」
台所で怪我をした状況を再現。
まず、夫の横に並んで立ち、左手を差し出してもらいます。
私は夫の手首を左手でつかみ、右手で肘の上をつかみます。
「で、こんな感じだった」
私は、夫の手首をねじるように、下に引っ張りながら後ろへ、肘は持ち上げながら前へ……
「あほっ!」
私の手を振りほどいて、夫は怒鳴りました。
「なんちゅうことすんのや! 腕折れるやんけ!」
激怒する夫。
……やられたのは、私の方なんですが。
「手首と肘を逆方向にねじって投げるやと! 若い男が力任せにやったら、ポッキリいくやんけっ! そんな危ない技稽古しとんのかっ!」
……しまった。そんなに危ない目に遭ってたのか。私。
夫の剣幕に押されながらも言いました。
「……いや…たぶん……見本の技は、それと違うかったと思う」
「当たり前じゃ」
「……見たことない技やったし。……私が、ちゃんと技を見て、それが何かわかってたら、こんなことに、ならなかったと思う」
「うむ。お前、そこはどんくさいわ」
「すみませんね。……せめて「ゆっくり技をかけて」の一言は、きちんと言えばよかった。……悪いことした」
「やった相手が悪い、とかは思わんのか?」
「いや、相手が茶帯で私は黒帯やから、私が、もっと配慮するべきやったと思う」
夫は、しばらく黙っていましたが、やがて、ぽつりと言いました。
「……お前……変わったな」
「何?」
夫は苦笑しました。
「人嫌いのお前が、お前に怪我させた相手を気づかうか。……まあ、ちょっとは進歩したようやな」
「……そうかねえ」
「まあ、肘は、湿布貼っときゃ3日で治るわ。利き腕やから、無意識に使うてしもうて、長引くかもしれんけど、それでも、せいぜい1週間やろ。そやけど、もし痛みがひどなったり、腫れてきたら、ちゃんと医者へ行くんやで」
……結局、夫の言う通り、左肘は1週間で完治。
次の出稽古には間に合いました。
知らないうちに、進歩した(らしい)自分、どこにも痛みがなく動かせる体が、うれしかったです。
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