『第45回雪心会書作展 平城遷都1300年祭特別展覧会』……
山吹色の案内葉書が舞い込んだのは、3月上旬のこと。
差出人は名古屋の編集プロダクションの方。
『伊藤雲峰』の号を持つ、書家でもある編集者。
今回の連合個展に出品されているとのこと。
『文具大国ニッポン』の書籍化に尽力していただいている方なので、ぜひ作品とご本人にお目にかかっておきたい。
……しかし困った。
「書」のことは、まったくわからん。
私は国文卒、変体仮名や漢文は解読できるけれど。
「書の鑑賞」は、国語じゃなくて、美術の分野になってしまうんです。
「うまいか下手か」しかわからんで。
でも、会場で「うまい作品ばっかりですよね」なんて言おうものなら、「当たり前です」と、にらまれそうだし。
どこをどう見て、どうほめればいいのやら。
あわてて図書館で『書道鑑賞入門(上田桑鳩著・創元社)』を借りてきたけれども。
忙しくて読む暇がなく、当日、行きの電車の中で読むはめに。
本当に付け焼刃です。
それにしても奈良は遠い。
電車の乗り継ぎが多く、片道2時間近くかかるのです。
自宅から京都や神戸は、片道1時間程度。
片道2時間は、自宅から名古屋や羽田空港と同じぐらい。
奈良は、名古屋や東京と同じ距離感の「遠い街」なのです。
とりあえず、電車に乗り込み、『書道鑑賞入門』のページを開きました。
そもそも「書」は、「紙と墨で書いた黒い字」で構成されています。
文章や工芸や絵画と違って、書は「発想即表現」で、書いた瞬間、本人の性格や人生観、その時の心の有り様までが現われてしまう。
……うーむ。恐ろしい。
「書」の構成要素は
「構図」(全体の形、文字の形、文字群の形、文字群や文字のバランス、余白の分量)、
「線」(線の形、線の方向、作者の性格や感情が表れる線の質、作者の感情とは関係なく、一貫して生涯の個性が表れる線性)、
「墨色」(墨の濃淡、書いている途中で墨を継いだ時の濃淡のバランス、墨の潤渇(濃い部分とかすれた部分)のバランス)。
なるほど。色々な要素が絡み合って、「書く人の個性や人生観」までが表れる。
もちろん、書家も「美しい字を」と心がけて字を書いているのですから、「字を通して作者の美意識を見る」ことでもあるわけですね。
総合すると「書の鑑賞とは、作者が選んだ題材、紙と字の形や筆運びやバランスを分析しながら、作者の個性や感情を見抜き、書そのものの美しさを味わう」……で、いいのかな?
ここまで理解したところで、近鉄奈良駅に到着。
会場の奈良県文化会館は近鉄奈良駅前。
半日しか時間がないに、往復4時間かかる強行日程だから、書作展を鑑賞するだけで手一杯。
残念ながら観光する余力がありません。
「遷都1300年祭」で、奈良の街は浮かれてるのかと思ったら、意外にのんびりした雰囲気。
でも、物議をかもしたマスコット「せんとくん」をあしらった、遷都1300年祭限定販売の饅頭、煎餅、クッキー、キーホルダー、ハンカチ、バッグなどが、「売れ残ったら、どないするんや」と心配になるほど、土産物屋にあふれているあたり、やっぱり1300年祭だなあ。
書作展会場に入ると、すべての壁面が、字が書かれた半紙や掛け軸で覆いつくされています。
どれもが、懸命に書いたとわかる力作ばかり。
小中学生や外国人の作品もあり、書道の世界の裾野の広さを感じさせます。
私の好きな漢文を題材にした作品も多くて、うれしい。
さて、雪心会・5人の書家の連合個展へ。
こういう機会はめったにないので、システム手帳に、それぞれの書家の作品の印象をメモ。
豪放な筆運びなのに、選んだ題材に生真面目さが表れている方。
墨をたっぷり使い、黒々とした潤いのある字が円熟味を感じさせる方。
思いのままに字を書いて、偶然できた余白の面白さを生かす作風の方。
かすれるのもかまわず字を一気に書く、思い切りのよい女性の方。
もし、『書道鑑賞入門』を読んでなかったら、「ただの書道展覧会」で終わってたな。
それにしても、見ているうちに不思議に静かな気持になる。
「書」はいいなあ。
そして、伊藤雲峰先生のコーナー。
掛け軸や色紙の他、陶板や皿や茶碗に字を書いた作品も。
余白と字のバランスが緻密に計算されている作品が多いですね。
細く、冷静さを感じさせる字。
一字ごとに慎重に墨を継いだものが多く、時々書くのに迷ったりもするらしい。
……なるほど。やっぱり編集者以外の何者でもないですね。
30代半ばの雲峰先生に「今日はよいものを見せていただき、ありがとうございました」と挨拶。
作品の感想を伝えると、「やっぱり余白は気になるんですよ。「字が細い」と、よく言われるんですが、その細さを生かせないかなあ、とも思っています」という返事。
「何十年も、同じ先生の下で修行されてるのに、5人が5人とも全然違う作風だったのが、興味深いですね。今井先生は、生徒さんの個性を大切になさる方なのでしょう」
「そうなんです。先生は「お手本をください」と言っても、なかなかくださいません」
伊藤雲峰先生の師、雪心会会長の今井凌雪先生は、復元された平城京・朱雀門の額や、奈良県立万葉文化館の万葉歌碑、黒澤明監督の映画『乱』『夢』などの題字を書かれたことで知られる、日本書道界の第一人者。
自分の流儀を押しつけないところもすばらしい。
「この紙に、感想をいただけるとありがたいのですが」と差し出された一筆箋。
「あのう……「字が下手ですねえ」と、朱で直したりしないでしょうね」
不安になる私。
にこにこする先生。
「大丈夫ですよ。……お望みでしたら、厳しく指導しますけど」
「い、いえ、結構です」
緊張しながら、連合個展に参加された全員の作品の印象を書いて、先生に紙を渡しました。
字は丁寧に書いたつもりだけど……やっぱり、嫌になるほど下手。
先生は、コーナーのポストに紙を入れて「感想を集めて、後で、みんなで見ます」と説明されましたが。
嫌だなあ。
「この字は下手ですねえ」とか、みんなで言うんだろうか。
「ところで、文具本の件ですが、4月26日に、wowwowで、『ブンボーグ/サイボーグ』という、文具メーカーのドキュメンタリー番組が放映されます。これが追い風になるでしょう。台割(目次案)も用意できますと、担当者の方にお伝えください」
「わかりました。僕も、「身近な日本の優れた技術を知ってもらって、日本人に自信を持ってもらう」、このコンセプトには大賛成です。その件は、またメールで連絡します」
展示コーナーには一般の鑑賞者もいますし、今回は「編集者とコラムニスト」じゃなくて「書家と鑑賞者」なので、仕事の話は簡単にすませ、会場を後にしました。
「編集者と書家」は、奇妙な取り合わせだと思っていましたが、慌しい仕事の合間に、意識的に「静謐な時を持つ」には、書道は、うってつけのものなのかもしれません。
そういう時間を持てる、雲峰先生がうらやましいですね。
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2010年03月23日
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