出稽古先の先生に薦められて、ある講習会に参加することになりました。
「ほう。珍しいな。お前が自分から出稽古に行くんは」
道着袴を畳んで鞄に詰め込んでいる私に、夫は笑いました。
「年に一度しか大阪に来られない、偉い先生らしいんだわ。横浜から来られるって」
「そうか。めったにない機会やったら、出といた方がええけど。お前、風邪気味なんやから、あまり無茶すんなよ」
「わかってますよ」
集合場所のJR新大阪駅。
十数人の合気道家が集まっていました。
団体本部のある横浜、関東、愛知県、関西など、各地からの参加者たち。
先生の「師範」……横浜の拠点を中心に、海外各地に支部道場を持つ合気道団体の代表師範は、古稀になろうかというお年の合気道家。
でも、「代表師範」の威圧感は全然ありません。
飄々とした風情で、「皆さん、今日は楽しい稽古をしましょうね」と、にこにこされています。
「横浜の本部道場時代に、一緒に稽古してきた人です」
そう先生から紹介された方は、代表師範のご子息で、先生と同年代、長身の青年。
交換した名刺を見て、私は驚きました。
『本部道場長』……先生と同世代ということは、40前?
『50は洟垂れ小僧』と言われる合気道の世界では、これまで考えられなかったことですが。
しかも、本部道場長なのに、道場での指導とは別に職業をお持ちだとか。
「道場だけにいると、凝り固まってしまうような気がして。道場で楽しく稽古して、その明るい気持だとか、なごやかな気分だとかを、そのまま家庭や職場で分かち合いたいですね。道場の中だけで「よい気」をとどめておくのは、変だと思いませんか?」
……うーん。そういう考え方もあるのか。
電車を乗り継いで兵庫県尼崎市へ。
会場の体育館まで、みんなで列を作って舗道を歩きます。
先頭を代表師範と先生が並んで歩いています。
それを見ながら道場長は言われました。
「あいつの稽古、面白いでしょう。投げたら吹っ飛んでいきますからねえ」
「確かに、「投げられるのが好き」とか、妙なことをおっしゃいますが。毎回、楽しい稽古をさせていただいています」
「私たちは、受け身を重要と考えています。特に、今の子供は、自然と触れ合う機会が、ほとんどなくなってきていますから。まず受け身を覚えて、大地を転がって、自然と触れ合う感覚を身につける。そこから、はじめていかないといけない」
……私にとっては、喘息の原因になりがちで、苦手な受け身ですが、ちょっと、考え直さなきゃいけないな。
「今の子供の感性は、ものすごく鋭いです。子供の独特な合気道観には、時々驚くことがありますよ。あなたも、機会があれば、ぜひ、子供の指導をされるといい」
……所属道場では、基本的に高段者が少年部の指導をする慣例になっていますから。
初段の私が少年部の指導をする機会って、いつごろ訪れるのでしょうね。
「開祖、植芝翁先生は「人と宇宙や自然との調和」を、「合気の心」とされていました。私たちは、翁先生の精神を、合気道の稽古を通して、時代に添う形で社会に広めていきたい。特に自然、環境について。これを大切にしたいですね」
……確かに、勘の鋭い人が、少し「気を読む」修練を積んだだけで、道端の草花や木々の悲鳴が聞こえるだろうから、その気持は、よくわかります。
道場長と一緒に歩いているうちに、会場の体育館に着きました。
講習会まで時間があるので、近くの公園で昼食。
天気は薄曇りで、ちょうどいい気温。
満開の桜の下で、駅前のコンビニで買ったお弁当やパンをほおばりながら、所属道場は関係なく、みんなで仲良く食事をします。
ちょっと小柄な先生と長身の道場長。
二人が桜の下で談笑する姿を、少し遠くのベンチから、目を細めて眺めている代表師範。
なんとなく、楽しい稽古になりそうな予感がします。
……次回に続く……
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