現地で合流した人も含めて総勢20人。
有段者ばかりです。
準備体操が終わると、飛び受け身や、技のかけ合いのウォーミングアップをする人も出はじめました。
長身の道場長と小柄な先生は、虎の子のじゃれ合いのような激しい投げ技の応酬。
それなのに、二人とも笑いながら技をかけ合っています。
……うーむ。若い。
さて、講習会の時間になりました。
まず、先生のご指導で本格的な準備体操。
「今日は、技の形にはこだわらず、イメージ的な稽古をしてみましょう。もちろん「型」も大切ですが。イメージを大事にすると、また、合気道の違った面が見えるかもしれません」
代表師範のお言葉で、講習会がスタート。
「すっと相手の中に入って、相手と一つになり、相手が動きたい方向に導く。それで相手は崩れます」
……ほんとかなあ?
その「すっと相手の中に入って」が、すごく難しそうだ。
最初は、正座の状態からかける入り身投げ。
組んだ有段者が代表師範の道場の方なので、見本の演武と同じような動きをされます。
私が手刀で打ち込んでいくと、ひょいとよけて私の側面に入り、そのまま、私をつかみもせず、すうっと投げるのです。
奇妙な明るさの軽やかな技。
「技は状況によって変わります。今日は「きれいに極めよう」と思わないこと」と、最初に注意がありましたが。
つい自分の体が、相手をつかんで投げようと動くので苦労します。
それでも、稽古を重ねるたびに、なんとなくコツのようなものがわかってきました。
近づいてきた相手を一塊のイメージでとらえて、相手に寄り添う感じで密着。
そして、相手が動こうとするのを待って、その方向に導いてやる……で、いいのかな?
「元々、私たちの細胞には、さまざまな可能性のメモリーが眠っているのです。それを稽古とイメージで呼び覚ましてあげる。人は、もっと色々な可能性を持っているものです」
代表師範は、指導の合間に、時々一人で飛び受け身の稽古をされていたりします。
古稀に近い年齢で、こういうことをされる指導者は、今まで見たことがありません。
「植芝盛平翁先生も、修行時代から晩年に至るまで、技の形をどんどん変えていかれました。よいものがあれば、それを積極的に取り入れることです」
代表師範はご指導の中で、「こうすると、また新しい発見があるかもしれません」、「これが、何かのヒントになれば」という表現をされるのが印象的でした。
普通の講習会の場合、「こうしなさい」と言われることばかりなのですが。
門下生の自主性を重んじるのが、この道場の特徴のようです。
代表師範に技をかけていただきました。
「では、私の両手を取りにきてください」
なんと代表師範は胡坐をかいた状態。
正座なら膝行で前後左右に動いたり、反転して相手をかわしたりすることもできるのですが、胡坐の場合は動けないのです。
私は、差し出された両手を取りにいきました……が、どういうわけか「手が届かない」。
畳の上でジタバタするばかり。
それでも、なんとか手を取った途端、柳の木が風に揺れるような感じで、すうっと、畳の上に転がされてしまいました。
……あれは、いったい何だったんだろう?……
講習会の最後は、参加者が3人一組で、二組ずつ、前に出て、自由技の投げ合い20本。
この道場では「技を体で感じるもの」として、受け身を重視しています。
代表師範が見守る中、昇級昇段審査のような張りつめた空気が会場を包みます。
真剣勝負のような投げ合いが終わるたびに、全員で拍手。
投げ合いが終わると、先生のご指導で整理体操。
きっちりとクールダウンもやります。
「今回は、イメージの稽古を中心にやりましたが。もちろん、基本技も、しっかりやらなければいけません。皆さん、それぞれの道場へ戻られて、また稽古に励んでください。今日の稽古が、皆さんの合気道の世界を広げるヒントになればいいですね」
笑顔で講習会をしめくくる代表師範。
衝撃的で不可思議でしたが、楽しい稽古でした。
「また、関東にも遊びに来てください。一緒に稽古しましょう」
代表師範や道場長、他道場の師範の方々、仲良くなった皆さんをJR大阪駅で見送り、一人で歩き出した途端、背中に走る鋭い痛み。
喘息発作の予兆。
……やれやれ。いつもより薬は多く使ったものの、なんとか、ここまでもってくれたか。
風邪気味なのに稽古に出た報いです。
その場で、発作止めの吸入薬を飲んで、ゆっくりと歩き出しました。
空手四段剣道三段少林寺拳法三段大東流合気柔術二段柔道初段の夫から、「合気道には喘息に効く丹田呼吸法がある。ただし、その習得のスタートラインに立つには、最低でも初段を取らんとあかん」と言われて、合気道をはじめた私。
ところが、いざ、初段になっても、肝心の丹田呼吸法のことがわからない。
結局、東京の佐々木貴七段が主宰される『佐々木合気道研究所』サイトの丹田呼吸法の文献を参考に、所属道場で稽古をしながら、呼吸法の習得をめざすことになりました。
すこしずつ喘息はよくなっているけれども。
……習得までは、まだ遠い。
その晩、予想通り喘息発作。
夜中に薬を飲みに台所に行くと、夫に声をかけられました。
「あほ。風邪気味やねんから無茶すな、言うたやんか。ちょっと、ここへ座れ」
私がリビングのソファベッドに座ると、夫は後ろから、私の背中のツボを押しました。
「あかんなあ。背中ガチガチに固まっとるわ」
喘息発作が起きると、背中から肩が冷たく硬くなるのです。
「……でも、今日は無理した甲斐があったみたい。……今までとは違う合気道に出会えた」
「そりゃ、ええことやけど。無茶すな」
夫は私の両肩をつかんで、少し後ろに下げました。
「バキバキ」という音が聞こえます。
「なんだか、風のように軽やかで、広がりがあって……」
私は咳き込みました。
咳が頭にガンガン響きます。
「……やっぱり…喘息…である限り……私は…丹田呼吸法…が…頭から離れん……」
「丹田呼吸法、追いかけたらええやんか。その師範が、「あかん」言うたんちゃうやろ」
「……ただ、うらやましかったんかもしれん。私は…あの領域には行けない……」
さらに夫は、私の背中の喘息のツボに親指をあて、指圧しながら「気」を送り込みます。
これは少林寺拳法の知識に、夫が祖父から習った中国武術・少林拳の技術を加えたもの。
ようやく背中が温まってきて、呼吸が楽になってきました。
「とりあえず、これで、喘息治まるやろ……。やりたいことあるんやったら、丹田呼吸法できてからでも、やったらええやんか。あほ」
夫に笑われながら、寝室に戻りました。
今回、これまでと別次元の合気道を垣間見る機会に出会えた幸運には、本当に感謝しています。
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