合気道の開祖、植芝盛平翁は、技をかける時の当て身(拳を相手に当てること)を重視されていたと聞いています。そして、晩年の開祖に出会い、空手から合気道に進まれた師範も、やはり、相手に当て身を入れながら技をかけます。
実際、私も「片手取り入り身投げ」という技を、当て身を入れる方式と、当て身を入れない方式と両方でやってみましたが、個人的には当て身を入れる方が自然な動きになるように感じました。
でも、よくわからなかったのが拳。
昔、拳の作り方について調べてみたけれど、本によって『親指を掌の中に握り込む』『親指は外に出して握る』と両方あって、私の経験では、どちらの方式で相手を殴っても、あまり効かない。
結局、平拳ばかり使うことになりました。
このコラムでよく登場する『平拳(へいけん)』。
合気道の皆様は「平拳って何?」と思われているだろうし、空手の皆様は「ほほう。平拳」と思われているでしょう。
平拳は、空手にあって、合気道には存在しない技術だからです。
5本の指のうち、親指以外の4本の指を折り曲げ、それぞれの指先を指の付け根にぴたりとつける。
親指はすこし折り曲げて人差し指の側面につける。
手首は曲げない……これが平拳の形。
指を折り曲げる力だけで、拳を握る力がいらず、これ一つで受け払いもでき、しかも中指と人差し指の骨の突き出た部分に力が集中するので、当たればかなり痛い。
しかし、突きや当て身になると、やはり拳を使わなければ。
合気道をはじめて間もない頃、拳の作り方を、夫(武道13段)に訊いたことがあります。
「当て身をする時には、やっぱり、拳をきちんと作れないといけないよね。でも、いまだにはっきりわからないんだわ。親指を拳の中に入れるのは、なんか変な気がする」
「誰や。そんなこと言うてる素人は。親指を掌の中に握り込んでたら、下手したら親指の骨折るで……ついでから、大東流の突き教えといたるわ。実戦の時、フェイントに使え」
台所で、突きの型を教えてもらうことになりました。
「突きの型は、合気会も大東流も一緒やったはずや。合気会の突きは寸止めだけやけど、大東流には寸止めやない突きがある。とりあえず、寸止めやない方を教えたる。まず、肩幅に足を開いて立て」
私は、肩幅と同じぐらいに足を開いて立ちました。
「まず、拳の作り方や。掌を上に向けて、4本の指を巻き込むように折り曲げて、指先が掌の中心に来るように握る。親指は軽く人差し指の付け根に添える。握る力は軽くでええ」
私は、今まで拳を握りしめていたので、ちょっと反省。
「突く時は、下向いてる手の甲を、上向くように回転させる。その時、中指の第2関節を中心に、螺旋を描くようにくるりと回すと威力がつく。手首は曲げたらあかん」
「今まで、まっすぐ突いてた。だからダメだったのか」
夫は大笑いしました。
「女の拳は力弱いから、どうやったって、相手にダメージ与えられんで。平拳の方が、力がいらんわりに、小回りきくし、急所をピンポイントで狙えるから、お前が平拳使うのは、それはそれで、正解や」
図星でした。確かに、過去の喧嘩で何度か、平拳をそんなふうに使ったことがあります。
「で、突き方やが、まず、拳を引いてから前に出さんといかん。拳引く時に、同じ方の足を一歩後ろに下げる。それから、姿勢を正して、腰で押し出すように足を一歩出しながら、まっすぐに突く。拳を回転させて、心持ち拳を上から下に落とすような感じで、水月(みぞおち)を狙って打つ。打ったらすぐに拳を引く」
「なんで?」
「あほやなあ。柔道や合気道の人間やったら、よけられて、そのまま拳つかんで投げられたりするで。この「引く」が、寸止めか、そうでないかの違いや。突きそのものは一緒や」
夫のアドバイス通り、私は突いてみせました。
「まあ、そんなもんや。効き手の左は突けても、右はうまく突くのに時間かかるやろ。両方同じように突けるようになってから、指導員クラスの有段者に、ちゃんと突けてるか見てもらって、それから、寸止め教えてもらえ。稽古では、寸止めせんとあかんのやから」
先に寸止めの突きを覚えると、寸止めしかできなくなるので、あえて夫は寸止めでない突きを、先に教えてくれたのです。
「空手の中段突きは、合気道の突きとちょっと違うで。拳の作り方と突き方はほとんど一緒やけど、足は肩幅に開いたまま、突く時前に出さん。そして、左右交互に突く。突いたらすぐに引く」
私は足を肩幅に開いて、左右交互に突きを繰り出してみました。
「まあ、そんなもんや。突く時、もうちょっと腰にひねりを効かすといいな。実戦に備えて、ついでに練習しとけ。それから、蹴りと平拳は、お前の実戦経験から、お前の体の動きに合ったもんとして、残ったんやろから、大事に練習しとけ。拳はあくまでフェイントや。これでとどめはさせん」
実戦の場合、格闘技と違って「リターンマッチ」はありません。
一度の立ち合いですべてが決まるのです。
しかも一分とかからない。
この時、持ち技の種類の多い者の方が有利。
実際、合気道をはじめてから5年の間に2回、運悪く危ない目に遭っているので、今後も実戦の機会が「絶対ない」とは言えません。
ところで、合気道の突きですが、夫に言われた通りに毎日練習しました。
左は問題なかったのですが、右は突く瞬間萎縮する癖があり、直すのに3ヶ月かかりました。
そして、左右の拳が同じように突けるようになってから、5段の指導員の先生に、寸止めの仕方を教えていただきました。
スポーツ教室から道場に移って間もない頃の、正面突き入り身投げの稽古。
組み手をしてくださった年配の有段者に「誰に習ったのか知らないが、重くてなかなかいい突きだね。大事にしなさい」と言われました。
この方は、空手の先生もなさっています。
たぶん、内心「妙に空手に近い突きだな」とは思われたのでしょうが、ほめられた私はうれしかった。
初段が射程距離に入ってきた今。
突きはそこそこなのですが、当て身をしながら相手の側面に入るのには、たまに失敗します。
受け(技をかけられる方)の有段者に、逆に脇腹に当て身を入れられ、「離れ過ぎだよ。ははは」と笑われたりしています。
有段者への道は遠い。
……次回に続く……
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2006年03月18日
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そういえばアメリカ製のアクション小説に平拳らしい技が出てきました。主人公はこれで喉を突き、倍ほどもある巨漢を倒してしまうのです。現実にはそう上手くはいかないでしょうけど。