合気道をはじめる前に、武道13段の夫は言いました。
「初段が、丹田呼吸法習得のスタートラインや。お前の素質やったら5年でいけるやろ」
結局初段になったのは、入門して6年目。
昇段した後も、ひたすら丹田呼吸法ばかりを追い続けて、稽古を続けてきましたが……。
丹田呼吸法習得の最初のステップ、「一技一呼吸」。
一つの技の最中に、ずっと同じペースで細く長く息を吐き続ける稽古。
初段になった時から、この「一技一呼吸」を2年続けてきました。
最近、昔ほど喘息発作はひどくないし。
先日の呼吸機能検査でも、本来健常者の7割だった総呼吸量が、合気道の呼吸法で、細く長く息を吐けば8割になることもわかりました。
……ということは、医学的に見ても、合気道で喘息が軽くなってるわけですね。
でも、そこで大きな疑問。
……喘息を軽くする丹田呼吸法の習得が、合気道をする目的だったら、ある程度、丹田呼吸法ができて、喘息が軽くなった今の段階で、私は「合気道卒業」になってしまう?
実は、私の左肺は一部欠けていて、どんなに努力しても、健康な人と同じ呼吸量にならないことを、医者から宣告されています。
しかも、丹田呼吸法の第一関門「一技一呼吸」、これを卒業して、丹田呼吸法の次のステップに進むのは、無理らしいし。
「それやったら、合気道続ける意味あるんか?」と思われた方もおられるでしょうが。
丹田呼吸法完全習得ができないとわかった今も、私は稽古を続けています。どういうわけか、最近妙に稽古が楽しいし。
……うーむ。わからんなあ。
ここは一つ、空手4段剣道3段少林寺拳法3段大東流合気柔術2段柔道初段の夫に訊いてみましょう。
ビールを飲みながらテレビを見ている夫に、私は声をかけました。
「あのなあ。私、どうやら、丹田呼吸法習得できへんみたいやねん。それがわかったのに、なんで、合気道やってるんやろ?」
「そんなん、俺にわかるかいや。……そやけど。なんで丹田呼吸法習得でけへんねん?」
空のビールジョッキをテーブルに置き、怪訝な表情を見せる夫。
「私は丹田呼吸法の「一技一呼吸」。つまり一つの技で、投げられてる最中に、細く長く息を吐く稽古してたわけやけど……。「投げる人がへたばるまで」できるようにならんと、卒業できないねん。でも、○○師範の後稽古で、師範に投げてもらって、受け身する稽古やってるのを見てると、○○師範、何百回も色々な人を投げてるのに、息一つ切らさないわ。ということは、喘息持ちの私には「一技一呼吸」を永久に卒業できないらしい」
大きく溜息をつく私に、夫は意外な質問をしました。
「その師範、どうやって投げてはる?」
「○○師範が差し出した手を、受け(投げられる人)が、つかみにいって、○○師範が腕を横になぎ払う動作に合わせて、飛び受け身(宙返りのような受け身)する」
「あほ。それは、投げの稽古やのうて、飛び受け身の稽古やろが」
夫は大笑い。
「そりゃ、何百回投げても、息切れへんで。受けが本気で攻撃してきて、いちいち真剣に技かけて投げとったら、そうはいかんやろけど」
「……ということは、私にも「一技一呼吸」を卒業できる可能性がある?」
「まあ、今の体力やったら、無理やろ。もうちょっと、鍛えんと」
夫は苦笑しました。
「そやけど、お前、最近、妙に楽しそうに稽古行っとるわな」
「そう?」
夫は缶ビールの栓を開けました。
「特に、初段取る前は、「丹田呼吸法が」言いながら、悲壮な顔して出かけとったわ。今なんか、「今日は楽しかった」とか言うて帰ってくるやんか」
「……まあ、最近は、稽古のたびに、手首の返し方とか、間合いの取り方とか、ちょっとずつ、いろんなことがわかってきて、楽しいことは、楽しいけど」
「いうことは、合気道続けて喘息よくなってきて、ちょっと自信ついて、丹田呼吸法以外のとこにも、目向ける余裕が出てきたわけやな」
ビールをジョッキに注ぎながら、夫は言いました。
「空手でも剣道でも、そうやけど。どんな武道も、簡単にゴールにたどりつけんもんやねん。そやから「道」やねんけどな。何がゴールかは、人それぞれやし、その途中で、目的以外の得るもんもあるし。……まあ、なんにしろ、楽しいことはええことや」
なるほど。
ひょっとすると、私は「次の段階」に入ったのかもしれませんね。
……次回に続く……
ラベル:合気道
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