ここの道場は、開いて間がないので小人数ですが、来るのは有段者ばかり。
円陣を組んで、一人の取り(技をかける人)に複数の受け(技をかけられる人)が、次々にかかっていく「かかり稽古」や、広いスペースを利用しての木刀を使った稽古など、普段、所属道場ではできないことをするので勉強になります。
特に、木刀や短刀は、大人数が稽古する所属道場では、「当たれば危険」ということで、めったにやりませんから。
木刀の構え方から復習する情けない状態。
先日、短刀を使った稽古でも大失敗。
相手の有段者の頭に短刀を当ててしまいました。
「すみません」と私が平身低頭で謝ると、年配の有段者は「まあ、しゃあない」と笑っていましたが……申し訳ないことをしたなあ。
出稽古から帰って、夫に、その話をしました。
「今日、先生のとこで、短刀の組み太刀やったんやけど。相手の頭にあててしもたんやわ」
夫の顔がこわばりました。
「相手、大丈夫か? 病院行ったんか?」
「いや、それは大丈夫。私が振り上げた短刀を、相手の有段者が短刀で受けて、そのまま、切り返して私を投げる……はずやってんけど。つるっと短刀すべって、頭にポカッと当たってしもたんや。謝ったら、笑ってはったけど」
「どんくさいなあ」
「すみません」
「いや、お前も相手もや。お前の短刀がすべった、いうことは、相手が受けきれてなかったわけや。ちょっと、やってみよか」
夫は空手4段剣道3段少林寺拳法3段大東流合気柔術2段柔道初段。
空手と剣道の指導員経験のある人です。
夫と私は、台所で、短刀代わりの30センチの定規を持って、向き合いました。
「打ってきてみ」
稽古の通り、私は右手で定規を振りかざして、夫の頭に斬りつけます。
夫は右手で定規を頭にかざして、私の攻撃を防ぎましたが……
定規と定規が組み合った部分が、まるでペンチではさまれたかのように、がっちりと固定されて、押しても引いても動かない。
と、次の瞬間、私は悲鳴をあげました。
夫は、私の真横にいて、定規を持った手にひねりあげたのです。
「いきなり何すんねんな。ああ、びっくりした」
私が文句を言うと、夫は薄笑いを浮かべました。
「あほ。何言うとんねん。柔術とは、元々そういうもんやないか」
柔術とは、刀を持った相手を素手で制する武術。
夫の学んだ大東流合気柔術は、合気道の源流になった古武道。
合気道と共通する技も多いのですが。さすがに古武道だけあって、合気道よりも荒っぽい技が多いのです。
「もう一回、ゆっくりやったるから、ちゃんと見とけ」
では、やりなおし。
私が定規を大きく振りかぶって、夫が定規をかざして受けるところから。
「まず、受け太刀やけど。姿勢はそり返ったらあかん。相手に押し切られてしまうからな。組み合ったとこを支点にして、相手が押せば引く、引けば押す、力を微調整していく」
稽古の時には、組み合った部分が右へ左へずれて、不安定な感じでしたが。
夫と同じ事をすると、組み合った部分は同じ場所で固定されています。
「で、微調整しながら、刃先を返せる部分まで持っていく。これは、あせらんことや」
夫は一歩間合いをつめて、突然刃先の向きを変え、私の定規を上から押さえつけました。
「そこで、一気に刃先を返し、入り身(相手の側面に入る動作)する」
夫は自分の定規を、私の定規に覆いかぶせるような体勢をとりながら、私の右脇に入り、あいた左手で、私の右手首をつかむと、関節技をかけました。
「技の最初から最後まで、組み合った支点は固定する。そやないと、斬られるからな」
「……うーん。難しいね」
私が感心していると、夫は苦笑いしました。
「まあ、稽古で使う短刀は、定規と違うて、丸くて刃先ないから、支点合わせにくいやろけど。組み太刀は、普段稽古やっとらんと、やれんもんや。素振りにしてもそうや」
「最近、素振りを大事にしないかんとは思ってるねんけど。……そういえば、先生とこで素振りやる時、ちょっと短い赤樫の木刀借りてるけど。あれは軽くていいね」
「子供用と違うか。それ。木刀は堅い白樫が一般的やけど。女手には、ちょっと重たいかもしれんな。お前も、そろそろ、自前の木刀がいる段階になってきたわけか」
夫は目を細めました。
「まあ、最初の木刀やし、安いもんでええやろけど」
武道具は凝りはじめると、いくらでもお金がかかるもので、弓道の弓、居合刀、剣道の胴などは、素材が高価だと、数十万から数百万するそうです。
「まあ、そのうち筋肉ついて、軽すぎて物足りんようになるやろけど。最初は、持つんが嫌になる重い木刀は、使わん方がええやろ。稽古そのもんが嫌になったら、しゃあないし」
「ふうん。難しいなあ」
「俺の会社の近く、に明倫(大阪の有名な武道具店)あるから、今度連れてったるわ」
いよいよ私も、自前の木刀や杖(合気道で使う棒状の武器)を持てる段階になってきたわけですね。
これは楽しみです。
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私も、しばらく休んでおりました稽古、始めようと思っております。
梅雨明けには、隣町の道場に顔を出してみようと思います。
楽しいお話、ありがとう御座います。