よく考えてみれば、私が小さな子供と遊んだ経験は、自分の甥以外にないのです。
「よその子」と、どう接していいのかわからない。
でも、今日のところは「合気道指導アシスタント」じゃなくて、「子供がケガしないように見張っててください」だから、遠くから見ていればいいか。
今日参加したのは、4歳の女の子2人。
長い髪を二つに分けて束ねた女の子は、稽古を前に飛んだり跳ねたりして、大はしゃぎ。
一方、髪の毛の短い女の子は、おとなしく柔道場の片隅に座っています。
……そして、2歳の男の子。
短髪の女の子の弟で、お姉さんにまとわりついて離れない。
「しょうがないなあ。この子も入れて、稽古しますか」
先生の提案で、2歳の男の子と、そのお母さんも一緒に稽古することになりました。
最初は整列して挨拶。
でも、4歳と2歳。じっとしていられない年頃です。
先生は根気強く「はい。みんな並んで正座してね」と繰り返し、ようやく全員を正座させました。
「今日、みんなに合気道を教えてくれる島村先生です。……よろしくお願いします」
先生と子供たち、お母さんに挨拶されて動揺しました。
いや。「先生」なんて、そんな大層なもんじゃないし。
しかも、今日は、合気道指導者じゃなくて見張り役だし。……
それでは、ここからが稽古。
まず、柔道場の周りをランニング。
長い髪の女の子は、すごい勢いで駆けだしました。
「おお、△△ちゃん。早いなあ」
笑いながら後を追いかける先生。
そして髪の短い○○ちゃん。
お母さんと続きます。
私は、姉を追ってもたもた走る、弟の◎◎君につきそって歩きました。
喘息で「走る運動」全部にドクターストップがかかっている私には、この程度が、ちょうどいい。
と、その時、突然、◎◎君が畳の上に倒れました。
いかん! まともに顔を打ったか!
あわてて抱き起こすと、真っ赤な顔をくしゃくしゃにして、泣くのをこらえている◎◎君。
この柔道場の畳は柔らかいので、転んでもケガはしませんが。
私は「大丈夫。痛くないから」と畳の上に立たせると、◎◎君は口をへの字にしたまま、再び、もたもたと歩き出しました。
……ほほう。意外に根性ある子じゃないか。
私たちは2周遅れで、なんとか先生たちに追いつきました。
「◎◎君、よくがんばったね」と先生にほめられて、うれしそうな◎◎君。
柔軟運動の後は、前転と後転、柔道場の横端を一往復。
回転する時「肩を抜く」前受け身や後ろ受け身に慣れて、前転や後転ができなくなっている自分に、愕然とします。
◎◎君も、お姉さんのまねをして前転のつもり……
ただ、横向きで畳の上を転がっているだけですが。
「しょうがないなあ」
そう呟いて、◎◎君のそばにつきそって、「がんばれ」と声をかけました。
時間をかけて、畳の端まで転がる◎◎君。
先生と子供たちも、ずっと待っていてくれて、「ゴールできたぁ」と大喜び。
やっぱり、子供の無邪気な笑顔って、いいですね。
「それでは島村先生、前受け身をお願いします。いずれは、みんなにもやってもらいます」
先生の指示で、前受け身をして見せる私。
ようやく合気道らしいことができた気がする。
それから、2人一組で手押し車競争。
私は○○ちゃんの足を支える役。
確かに夫の言う通り、子供って意外と重い。
途中で手がだるくなりましたが、それでもがんばりました。
最後は、みんなで木刀の素振りを20本。
「いーち、にい、さん……」
△△ちゃんと○○ちゃんが、かわいい声で10本ずつ、交代で号令をかけます。
素振りが終わると稽古も終わり。
合気道の掛け軸を前に、全員で一列に並びます。
◎◎君も、おとなしく、みんなと一緒に正座しました。
「今日の稽古の感想を、大声で言ってくださいね。なんでもいいから。最初は△△ちゃん」
先生が促すと、最初に髪の長い子が元気よく答えました。
「今日は、暑かったです!」
「はい。よくできました。次は○○ちゃん。大声で言ってね」
短髪の女の子は、もじもじしていましたが、やがて、大声で言いました。
「今日は楽しかったです!」
「はい。○○ちゃんも、がんばったね。では、みんなで、今日、合気道を教えてくれた島村先生に、お礼を言いましょう……ありがとうございました」
「ありがとうございましたっ!」
口々に挨拶する子供たち。
気恥ずかしいなあ。
全然「合気道を教えて」いないのに。
稽古が終わって、水筒のお茶を飲んでいると、◎◎君のお母さんが声をかけてきました。
「今日はありがとうございます。あの子、人見知りがひどいんですよ。でも、あなたには、なついてるようですね。これからも、よろしくお願いします」
えっ、人見知りだったのか。あの子。
全然気づかなかった。
帰り際に、「また、おいでな」と手を振ると、はにかみながら手を振りかえす◎◎君。
……あ、やっぱり人見知りかもしれない。この子。
でも、かわいいなあ。
子供たちが帰った後、先生に「結局、今日は、全然お役に立てず、申し訳ないです」と謝ると、先生は笑顔を見せました。
「いや、島村さんが◎◎君の相手をしてくれたんで、稽古に集中できて、助かりました」
「合気道らしいことって、素振りと前受け身しか、やってないような気がしますが」
「それでいいんですよ。今日の女の子たちは、2人とも、まだ3回目でしたし。本格的な技は早いです……。今は、礼儀作法と、これからの稽古に向けての体力づくり。それから、合気道の動きに「慣れること」。稽古に来る子の年齢や、習熟度に応じて、その都度、稽古内容は変えないと。先が長いし、飽きやすいですからね。子供は」
なるほど。ランニングや柔軟運動。
前受け身や後ろ受け身に似た前転と後転。
腕力を鍛える手押し車競争の目的は、これだったのか。
「島村さんは子供がいないから、小さい子に接した経験がないんじゃないかと思って。今日は「子供に慣れる」という意味で、子供を見守ってもらうことにしましたが」
「2歳の子の相手ができたのが、自分でも意外でした。でも、楽しかったです」
「ははは。それはよかった。「すごく真剣に相手してくれてるなあ」と見てましたが。子供って、意外に鋭いですからね。適当にあしらうと、ちゃんと見抜くんですよ」
にこにこしながら、額の汗をタオルで拭く先生。
「△△ちゃんは活発だけど、ちょっと不器用かな。○○ちゃんは、おとなしいけど器用。同い年なのに対照的なのが面白いですね。弟の◎◎君も運動神経いいし、これからが楽しみです。それに島村さん。よく「自分は人嫌い」って言ってるけど。今日、ちゃんと子供の相手をしてたじゃないですか。案外、そうでもないかもしれませんよ。……徐々に慣れてもらって、そのうち、本格的にアシスタント、やってもらいますからね」
うわ。また、そんなことを……。
でも、これからもやってみたいですね。
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私もいつか、子供の指導してみたいと思いました。