ここの少年部は、幼児から中学生まで、さまざまな年代の子供が稽古にきます。
この日は、小学生の男の子と中学生の男の子も参加して、木刀の素振りの稽古。
「では、○○君、素振り10本お願いします。そして「前後斬り」と「四方斬り」。大声で」
先生の指示で、小学生が木刀を持って進み出ます。
「かまえ!」
……えっ? 木刀を構える前に、何か動作をしたみたいだったけど。
なんだったんだ?
動揺しながら木刀を構える私。
まずは「前後斬り」。
「いちっ! にぃっ! さんっ! よんっ!」
前に一歩踏み出して、上段から相手を斬り下ろし、反転して、一歩踏み出し、後ろの敵を斬り下ろす動作。
これは難なくできました。
ところが、問題は四方斬り。
これは前後右左に進んで四方の敵を斬り下ろす動作。
しかし、周りの小中学生より、タイミングが一拍遅い。
……なんで?
なんだかわからないうちに「四方斬り」の稽古は終了。
「おさめ!」
……えっ? どこへ木刀を納めればいいのかわからん。
うろたえている間に、木刀の稽古は終わってしまいました。
……ああ、情けない。
大人の初段のくせに、小学生に遅れをとるとは。
少年部の稽古が終わった後、私は先生に言いました。
「すみません。四方斬りに失敗しました。なんだかよくわからないけど、ここと所属道場とは、四方斬りが違うような気がします」
「四方斬りが違う? ……ちょっとやってみてください」
私は、今まで自分が学んできた「四方斬り」の型をやって見せました。
まず、左足を一歩前に踏み出して、前の敵を斬る。
次に反転して右足を一歩踏み出して後ろの敵を斬る。
続いて体を開いて右足を一歩右に踏み出して、右の敵を斬る。
そして、刀を大きくふりかぶり、左足を軸に反転して、右足を一歩踏み出して左の敵を斬る……
「うーん。確かに四方斬りですね。……これは初めて見る型だな。関西には、まだまだいろんな型があるんですね」
先生は感心したようでした。
合気道の開祖、植芝盛平翁は、昭和の初め頃、大阪を拠点に活動されていたせいなのか、関西には、先生のいた関東にない、初期の合気道の剣や杖(合気道の棒状の武器)の型が残っているそうです。
最近、先生は、剣や杖の型を学ぶために、武器技の稽古に力を入れている道場に出稽古に行かれています。
先生の所属している関東の道場の「四方斬り」も見せてもらいました。
左足を一歩前に踏み出して前の敵を斬り、反転して右足を踏み出して後ろの敵を斬る。
そして、体を開いて右足を出して右の敵を斬る……までは同じ。
しかし、そこで、刀を大きく振りかぶることなく、そのまま反転して左足を一歩踏み出して左の敵を斬る。
なるほど。これも「四方斬り」です。
刀を大きく振りかぶるのと、左足を軸に反転する分、私は子供たちよりワンテンポ遅れたんだな。
先生のところの「四方斬り」も稽古して……
これは、すぐにできるようになりました。
「四方斬り」の型が二つあるなら、二つともできた方がいい。
「それから「かまえ」と「おさめ」ですが。よくわからなかったので、教えてください。所属道場は人数が多くて。「当たると危ないから」ということで、木刀の稽古は、非常に稀ですし。「では、各自木剣を持って構えて」からはじまるので」
「ちょっと、やってみましょうか」
先生と一緒に、木刀を持って、並んで立ちました。
「まず、刀は左に差すのが基本ですから、まず、木刀は左腰に。ここからスタートです。右手で柄を握って構えに入ります。素振りが終わったら、また、左腰にもどす。……それだけのことです」
さすがに先生の剣の構えは、時代劇の侍のように、腰が座った安定感のある構え。
うらやましいなあ。
先生のまねをして「かまえ」と「おさめ」をやろうとしたら、「あ、違います。刀の刃の部分が上です。それと、構えた時に、前かがみにならないように」と注意されました。
……あかんなあ。剣、全然ダメやんか。
落ち込んで稽古から帰った私は、「かまえ」と「おさめ」について、自宅で居合刀を使って、夫(空手四段剣道三段少林寺拳法三段大東流合気柔術二段柔道初段)に、細かく教えてもらいました。
「まず、「構え」。刀の刃にあたる部分が上や。刀は左手に持って、左腰にあてる。右手で刀の柄に手をかけて、抜き払う。そして、柄に左手をそえる。上が右手、下が左手や。右手と左手の間に拳一つ分、間隔をあける。この時、小指から順に、指を巻きつけるようにして刀を握る。親指は握りこんだらあかん。軽く刀にそえる。親指に力入れると、すっぽ抜けるからな。脇を締め、雑巾を絞るような感じで刀を握る」
「刀の切っ先は相手の喉。そして、姿勢を正して、気合い出して打つ。刀振る時、手首のスナップを効かせるのがコツや」
「「納め」は、構えとは逆の動作や。刀から左手離して、左腰に左手置く。刀つかむ程度に隙間を空けて左手握る。そこへ静かに剣を納める」
……うーむ。構えるだけでも、剣は難しい。
でも、その「難しさ」が「面白さ」でもあるのかもしれない。
私の手元にある『合気道 剣・杖・体術の理合 第一巻(斉藤守弘著・港リサーチ)』。
この本は開祖の高弟の斉藤守弘師範が、開祖の剣と杖の技法を体系化して、ふんだんに写真を入れて解説したもの。
今は、絶版になっている貴重な資料です。
その中で、斎藤師範は『軽い素振り1000回よりも気の入った素振り数回の方が良い』とおっしゃっていますが。
「軽い素振り1000回」も大変だけど「気の入った素振り」も難しそうです。
合気道上達の道は険しいなあ。
……次回に続く……
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岩間の斉藤守弘先生は戦後ですよね。
私の四方斬りも微妙に違うかもしれません。私の場合はブランクが長すぎて、忘れて間違って覚えているだけかもしれませんが。
青森県の合気道は白田林二郎先生が教えたのが始まりだそうです。
白田先生は、戦前も戦後も修行しました。
剣の形も変化があったのでしょうか。一度お話する機会があったので白田先生に聞いておけばよかったなぁ。