その異変は稽古中に起こりました。
「呼吸投げ」という投げ技の稽古の最中、先生に投げられて、いつも通り飛び受身(宙返りのような受身)をとって畳を転がりましたが。
畳に着地した時の車のタイヤが弾んだような異様な感触。
鈍い音。
その直後に腰に走った衝撃……
私はうずくまったまま、しばらく動けませんでした。
「大丈夫ですか!」
あわててかけよる先生。
私は「大丈夫です」と答えて立ち上がりました。
「こんなものが落ちてたよ」
年配の有段者が、畳に落ちている黒いものを拾って、私のところに持ってきてくれました。
黒い板状の破片。
大きいものと小さいものがいくつか。
つなぎ合わせると幅5センチ、長さ20センチぐらいの台形。
この形、どこかで見た記憶が……。
その時、年配の有段者が大声をあげました。
「うわっ! ちょっと袴脱いだ方がいいよ。腰板が、えらいことになってるわ」
「えっ?」
驚いた私は、袴を脱いで腰の部分を確かめました。……
うわぁ。
合気道袴には背の部分に「腰板」とも呼ばれるものがあり、芯にゴム板が入っていて、受身の時に腰にかかる衝撃を防いでいるのですが。
……それがない。
……袴の腰板が真っ二つに割れていて、縫い目がぱっくり開いてる。
中に入っているはずのゴム板がない!
私は、改めて黒い板状の破片をながめました。
どうやら、これが腰板の芯らしい。
投げられた衝撃で腰板を綴じつけていた糸が切れて、中の芯が折れて砕け、破片になって畳の上に散乱した……。
袴崩壊とは。
また難儀なことになったなあ。
とりあえず、袴を着付けなおして腰板の芯なしの袴で稽古を続けましたが。
受身をとるたびに腰が直接畳にぶつかって衝撃が走ります。
やっぱり腰板の芯なしじゃ、危ないな。
稽古を終えた後、袴を脱いで畳んでいると、先生が袴を見にきました。
「なるほど、腰板の縫製がほどけて、中身の芯が出てきましたか。ゴム板が粉々になるような壊れ方した袴をみるのは、初めてですね。……初段取った時の袴ですか?」
「いえ、3級になった時にいただいた紺袴だから、6年ほど前のものです」
先生はにこにこしました。
「稽古が足りませんね。6年前の袴なら、膝行(正座したまま前進後退する動き)のせいで、もっと膝は白いはずですよ」
夫に「あまり得意がって膝行やるなよ。膝傷める」と釘をさされていたので、膝行を最小限にしてましたが。
毎日稽古していたわけでもないから、やっぱり稽古が足りないか。
「僕は袴3枚持ってますね。すぐに膝が抜けたり、尻が破れたりするんで」
長い間膝行をしていると、畳との摩擦で、袴の膝の部分の生地が薄く白くなります。生地が弱って膝が抜けるのはわかるけど、袴のお尻が破けるって、どんな技をやった時だろう?
「島村さん、黒袴持ってましたよね。それで稽古すればいいじゃないですか」
まあ、確かにそうなんですが。
黒袴は、初段をいただいた時の記念品なので、なんとなく普段に使うのがもったいない気がして。
紺袴ばかり履いていましたが。
しょうがないか。
家に帰って、夫に壊れた袴を見せました。
「袴の腰板壊れたか……袴の綴じつけがほどけて、中身の芯が出てきたわけやな」
夫は腰板の芯、ゴム板の破片をテーブルの上に並べました。
「それにしても、お前、受身下手やな」
「えっ?」
夫は腰板の芯、ゴム板の破片をテーブルの上に並べました。
「よう見てみ、この破片、全部右上から左下に斜めに亀裂が走っとる」
確かに、ゴム板の破損は右半分。
左半分は無傷。
ちぎれた破片を集めると、右上から左下にかけて、きれいな縞模様を描いています。
「つまり、力学的にいうと、右側にばっかり、同じような衝撃が、長い間加わっとったわけや。なんぼゴム板が弾力あって、折れても元へ戻るいうたかて、限界あるからな」
夫は私まっすぐに見ました。
「お前、右の飛び受身に失敗して、腰板の右側ばっかり打っとるから、こないなことになったんや。お前、たぶん、空中で横にねじれる癖があるな」
……図星。
理系男の眼力恐るべし。
空手四段剣道三段少林寺拳法三段大東流合気柔術二段柔道初段。
剣道と大東流合気柔術……「袴の武道」をしていた夫の目は、ごまかせませんでした。
確かに、利き手利き足でない右側への飛ぶ受身が下手で、今でも時々畳で右腰を打つことがあります。
その時に腰板が折れ曲がったような感じがすることがありました。
……そうか。あの時の衝撃か。
夫はリビングの床に紺袴を広げました。
「……膝の生地も、それほど傷んでないし。これやったら、また使えるやろ」
「そやけど、腰板がないことには稽古が……。分解できても、自分で直せるかどうかわからんし。新しいのに買い換えるかなあ」
夫の顔色が変わりました。
「あほっ! まだ、ちゃんと使えるやんか。袴に対して申し訳ないやろ! 直せ!」
「そんな無茶な……」
夫は厳しい口調で言いました。
「ゴム板はめたらええだけやないか。それぐらい、自分でやれ!」
うわぁ。えらいことになったなあ。
はたして次回の稽古までに、袴を直せるでしょうか。
……次回へ続く……
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2011年03月12日
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