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2006年06月13日

双輪(後編) 守り継ぐ者

「自分だけがうまくなろうとするな」
私が昇級審査で上級者になる少し前、夫は言いました。

「お前は段取る人間やから言うておくけど、どんな武道でも、有段者になると、何かの形で道場を支える義務が出てくるんや。お前も、お世話になった師範を助けんとあかん」
「え〜っ、そんな大それたことできるんかなあ」

夫は腕組みをしました。

「あほ、軟弱なこと言うな。……まあ、一番向いてるのは、初心者を育てることやな」
「初心者を育てる? 私が?」
「お前は技の動きを分析して説明できる。たぶん、合気会の有段者も同じこと考えるやろ。技がうまいんと、技を教えるのがうまいんとは、また別問題やからな」

確かに、私は他の初心者とは違う育てられ方をされています。
最初の半年間、技ではなく、受身や足さばきなどの基礎ばかり稽古させられた(詳細は「合気道へ」中編にて)し、5級(私の通う道場の最初の級)になると、いきなり返し技をかけられ(詳細は「隙あり!」前編にて)……かなり厳しかった。(今も厳しい)

そのかわり「君は初心者を教える立場になるから、今のうちに、正しい小手返しのかけ方を教えておく」と、親切な年配の有段者に関節技のかけ方を教えていただいたりするので、結局は得をしているのかもしれません。

護身、武道の外側の世界から来た野蛮な私が、受身もできない初心者を教える……妙なことになりましたが、結構真剣にやっています。

どんな武道でも、「初心者10人で有段者になれるのは1人か2人」らしいのですが、なんとか「3人目」ができないかと、いつも考えています。せっかく縁あって合気道をはじめた人がやめていくのは辛いですから。

ところで、武道の本には新しい流派の開祖のことばかりが載っていますが、元となった流派が存続していたからこそ、新しい流派ができるのです。
無から新しい流派はできません。

『合氣道(復刻版)』(植芝吉祥丸著 出版芸術社)の中で、開祖植芝盛平翁ご自身が『道場を運営するのは大変なのです』という趣旨のお話をされています。
さすがは開祖。流派を維持することの難しさをわかっていらっしゃった。

一般に『武道』と呼ばれている空手、柔道、剣道など、現代武道の流派の継承も難しいでしょうが、日本の地域伝統文化と結びついて、創設以来の形をとどめる『古武道』の皆様は、さらに苦労されていると思います。

何事も「新しいものがすべて『善』ではなく、古いものがすべて『悪』であるはずがない(もし古いものが全部『悪』なら、すでに武道そのものが滅びているはず)」ので、それぞれの流派の継承に邁進されることを望みます。

さて、前回「あなたの合気道は何ですか?」と訊かれて答えられずに悩む、というお話をしましたが、これが「あなたの護身は何ですか?」の質問だと、答えは簡単。

「己すら滅ぼしかねない両刃の剣」。

……おそらく「私の合気道」は「私の護身」とは、正反対の形になるのではないか……そんな予感がします。
まだ形をはっきりイメージできませんが。

「自分の合気道スタイル」は宿題として、今は……なんとかして初心者のいいところを見つけてはほめ、有段者に叱られて自信をなくした初心者がいれば励まし、昇級審査の季節になると、人を見れば「絶対大丈夫」と受験するようそそのかし……

やめていく人はやめていきます。

でも、私が5級の頃から教えている初心者が、数人残ってくれて、上級者めざして稽古を続けているのをながめるのは、楽しいですね。

posted by ゆか at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 武道系コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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