mixiで、そう私に尋ねてきたのは埼玉県の合気道家。
夢想神伝流居合道と神道夢想流杖道の使い手で、合気道は始めてまだ間がないそうですが、大変稽古熱心な若者です。
『先輩が「合気道家だったら読んでおくべき本だ」と貸してくれました。これから読むところです。科戸の風(しなとのかぜ:mixiでの私のニックネーム)さんも、ぜひ読んでみてください』
出た。
「合気道家だったら読んでおくべき本」。
かつてとり上げた『武産合氣』もそうなんですが、「合気道家ならば一度は読まねばならぬ本」が何冊かあるのです。
……しかし、『透明な力』が、その1冊として出てくるとは。
実は、これは合気道の本じゃないんです。
この本の著者は数学者の木村達雄氏。
『合気の謎』でご紹介しましたが、大東流合気柔術の会派の一つ、大東流合気武術の武術家です。
大東流合気柔術とは、合気道の源流になった古武道。
会津藩御留流(門外不出の藩の武術)の柔術を武田惣角師が大成した「合気」を使う武術。
武田惣角師の高弟だった植芝盛平翁が、後に合気道を創始することになります。
源流が同じ大東流合気柔術と合気道は、共通する技がいくつかあるので、時々、夫に技について質問したりします。
夫は空手四段剣道三段少林寺拳法三段大東流合気柔術二段柔道初段。
空手と剣道の指導経験があります。
「なに、小手返し(関節技)のかけ方が、わからん? ちょっと腕出してみ」
そう言われて、無造作に右手を差し出した私は、次の瞬間、悲鳴を上げました。
一瞬で、夫に小手返しをかけられていたからです。
「痛い」というより「怖かった」。
腕を取られた瞬間、もうどうすることもできない。
そのままへし折られる……そんな恐怖を味わいましたね。
「あほ。悲鳴上げるほどのことでもないやろ」と、夫は笑っていましたが。
道場で、たくさんの高段者と何度も小手返しを稽古していましたが、あんなに攻撃的な小手返しは初めてでした。
同じ小手返しの型でも、「相手に添う」ニュアンスのある合気道。
「相手を完全制圧」する大東流。
……似ているようで違う。
近いようで遠い。
そして『AIKI』でもご紹介しましたが、大東流の方は「合気をかける」という言葉を使われます。
この言葉は合気道にはありません。
受動的な合気道に対し、積極的な大東流。
……やっぱり、合気道と大東流合気柔術は異なる武道です。
でも、夫は……自分は大東流合気柔術(琢磨会)の黒帯なのに、「人それぞれ自分に合った武道は違う。お前に必要なのは、大東流やなくて合気道や」と言って、私に合気道を勧めました。
最初の頃は、「同じ武道だったら習えるのに」と思っていましたが。
今は、夫の判断は正しかったと思います。
確かに、「人に合わせること」が苦手な私にとって、合気道はある意味修練ですから。
さて、この『透明な力』に登場する佐川幸義総範は、大東流合気柔術の祖、武田惣角師に幼い頃から師事し、日本でただ一人「合気」を完全に習得された方。
平成10年に95歳で亡くなる直前まで現役の武術家でした。
木村達雄氏は、佐川総範に師事した大東流合気武術の高段者で、佐川総範の没後、「体の合気」を体得。
「人体は物質的システムの肉体と、目に見えない非物質的システムでできていて、非物質システムが肉体の動きの安定や強さを支える。合気はその非物質的システムのスイッチを切る技術」と考え、理学的に「合気」の謎を解明しようと、今も「合気」の探求を続けている。
……そこまでは知っているのですが。
あくまで大東流合気武術の話『透明な力』が、合気道上達の役に立つのか確信できなかったんです。
だから、「合気道に役立つ本」として、しかも合気道家自身が『透明な力』を推したのは予想外でした。
しかし、「『透明な力』を読んでないのは、合気道家として、あかんやないですか」と言われるのも悔しいし。
……ということで、amazonから取り寄せてみました。
『透明な力 不世出の武術家 佐川幸義』(木村達雄著・文春文庫)
木村達雄氏が描く佐川幸義総範の姿。
同じ門下で作家の津本陽氏が佐川総範を描いた『孤塁の名人 合気を極めた男・佐川幸義(津本陽著・文藝春秋)』とは、どう違うのか。
読むのが楽しみです。
……次回に続く……
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会津藩は戊辰戦争でだいぶいためつけられたそうですね。戦火や時代の変転の中、こういう武芸が生き残ったのは奇跡かもしれません・・・・奇跡というのは少し大げさでしょうか。
近村の易師万之丞から修験道の気合術、真言密教、医療技術、易学を学んで、柔術に合気を取り入れて創始した。