佐川幸義総範の回想や語録をまとめたものが、この『透明な力』。
著者の木村達雄氏は「合気」を『敵の力を抜いてしまう体の内部技術』とし、佐川総範の武術の特徴を『受けている方は合気でくずされているとは普通はわからず、まるでレーザー光線のように集中した澄んだ感じの「透明な力」により吹き飛ばされている感じがします』と書いておられますが。
『この肩に力を入れない「透明な力」を出すことは大変難しく余程の訓練をしないと出来るものではありません。そして、これはある意味で力の極めて有効な使い方ではありますが合気そのものではありません』
「合気」と「透明な力」は別物なのかなあ。
???
不安になりつつも読み続けます。
『合気は本質的には攻撃です。守りは必ず破られるのです。攻撃は最大の防御ともいうでしょう。この中には、積極的でなければいけない、消極的ではいけない、という意味も含まれているのだ』
……うわぁ。大東流の攻撃的な技の原点は、ここにあったのか。
『それに合気は本来口で説明を受けるものではなく、やられた感じをもとに考え、自分のものとしていく種類のものなのだ』
……合気を体得するのは、かなり難しそうだ。
この本には、大東流合気柔術の祖、師の武田惣角の元で修行をはじめた佐川総範の子供時代の回想も載っています。
合気道家の私は、あまり武田惣角師のことを知りませんでしたが。
佐川総範のお話は、天衣無縫な師匠の姿と、殺伐とした大正・昭和初期の世相を髣髴とさせ、興味深いものでした。
17歳で「合気」を体得した佐川総範は、助手として師と共に全国各地で大東流合気柔術を教え、師が亡くなった後も厳しい修行を続け、70歳の時に相手を一瞬で飛ばしてしまう「透明な力」を発見しました。
『合気は不思議でもなんでもない、ちゃんと理がある。私の技はすべて瞬間に合気が入ってくずしてしまっている。くずしてから技をかけるから自由自在だ。しっかり押さえられて全く動けなくなってしまった時どうしたらいいかとずっと研究してきて体合気までいたったのだ。研究しなければだめだ』
『合気ができないのなら、せめて力をつけなければいけない。もっとも武術に使える力はふつうの力とは質が違う。武術に使える力をつけなければいけない』
『技でやるから体を鍛える必要がないと考える人は素人だ、何もわかっていない。本当は体を鍛えないと技もできるようにはならない』
『毎日やるのが大事です。そうしているうちにそのような体ができてくるのだ』
『上の人とやるとうまくなると思っているが、下手の人とやって色々研究してそれで得たものを上の人に試してどの程度通用するか見てみる、というやり方が良い。上の人は抵抗力がついているから、そういう人とばかりやってもうまくない所がある』
『やりにくい人と好んで稽古するくらいでなければ上達しない』
『足腰のできていない人は肩の力に頼るようになってしまう。柔らかい動きをする人はうまくなる可能性があるのだが、りきんでかたい人は、もうそこでダメになってしまう』
『そんな技なんかより基礎、特に足腰をきたえるのだ。枝葉のようなことばかり夢中になっている。基本を徹底的にやるのだ!』
……うーむ。厳しい。
読んでいてわかったことは、「合気」には、さまざまな種類と段階があるらしいこと。
そして「合気」の技術を伝えるのが、いかに難しいかということ。
『私のやっているものは武田先生の合気から出たものではあるが、さらに発展して全然違うものになってしまっている。だから他の大東流のところでもどこも私のようなやり方をしていない。合気は私が生きているうちにつかまないと、絶対にわからない』
師の武田惣角から学んだ「合気」を、さらに研究発展させ、体系的にまとめた佐川総範。
その「透明な力」を弟子に伝える難しさを痛感しながら、それでも必死で技を伝えようとした佐川総範と、必死で技を学ぼうとした木村達雄氏。
「技を伝えること」「技を伝えられること」の難しさを感じました。
結局、この本には「合気」や「透明な力」の具体的な技術の話は出てきません。
でも、いつも自分の動きに納得がいかない私は……。
『人間の経験の範囲でわかる事はごくわずかな事だけでしょう。だからどこまでいってもこれで良いという事はないのだ。自分の考えと執念でやっていかなければならない』
『頭を使って工夫しなければいけない。今までやっていても良くないと思ったら捨てる。こだわってはいけない』
『いくら教えても不思議なことに自分で得たものでないとうまくできないものだ』
『鍛錬で無理してはいけない。無理しなくても強くなる方法を考えよ』
『やるべき時にやらなければだめなのだ。時機を失してはだめだよ。あとからではもう遅いのだ』
佐川総範の言葉に、ちょっと勇気づけられた気がします。
やっぱり、読んでよかった。
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