合気道の稽古の後、先生は笑いました。
「背中から肩まで筋肉が固まってたようなので、今日は片手取り技を中心に、ちょっとほぐしておきました。……明日から1週間ほど筋肉痛が続くかもしれませんけど。それは、しょうがないですね」
先生は、私の稽古での動きを見て、肩や腕の筋を伸ばす効果のある技を多めに稽古に組み込んでくれたようです。
参加している人の調子をみながらこまめに技を変えていけるのが、少人数の稽古のいいところ。
「僕のところは稽古の回数が少ないですから、稽古と稽古の間、走るとか、ストレッチをするなりして、自分で鍛えておかなきゃダメですよ」
うーむ。厳しい。以前稽古に通い詰めて喘息を悪化させ、持病の発作性頻脈(不整脈の一種)まで再発させて、一時期稽古にドクターストップがかかったこともありましたから。
あんまり無理しないようにしていたんですが。
でも「稽古のたびに筋肉痛」というのも情けない。
……何かいい方法がないかな。
「稽古のない時は、そのへんの公園で一人で稽古するとか」と思われた方もおられるでしょうけど。
ある武道家が、公園で道着袴姿で稽古していて、警官に職務質問されたそうです。
通行人が「不審者」として通報したらしい。
己を厳しく見つめるために稽古している武道家が、「不審者」扱いされるとは情けない話ですが。
柔道や剣道以外の武道は、まだ認知度が低いですからね。
私の場合、稽古場所として使える場所があるのでマシかな。
実は我が家には、使い道に困っていた和室がありました。
『6畳の和室をどうしよう。義母が夫の実家から持ってくる仏壇を置く予定だったのに、義母が自分の部屋に仏壇を置いてしまった。何もない部屋の片隅に古い居合刀がぽつんとあるだけで、そのまま半年が過ぎた。ひょっとしたら、このまま和室には何も置けないかもしれない』
以前Twitterで、そう呟いたら、「合気道フォロワー(合気道家のTwitterの友人)」の一人から、『ミニ道場ですね』というアドバイスが返ってきました。
普通、6畳の使ってない部屋があれば、なんとなく物置になってしまいがちなんですが。
どういうわけか、古びた居合刀が「ここに家具を置かせてなるものか」のオーラを放っていて、何も置くことができないのです。
居合刀に占拠された部屋の使い道は、やっぱり「武道用」がふさわしい。
ということで、とりあえず畳で受身の稽古。
道場の柔らかい畳と違って、コンクリートの上に畳があるだけだから、思いきり畳を叩いたりするとケガをしそう。
ゆっくりと右に前回り受身、そのまま逆回転の形で後ろ回り受身、左に前回り受身、後ろ回り受身。
畳の上で「V」の字を描くように受身を10回ほど繰り返す。
畳の上を転がるせいか、背中や腰や肩の血行がよくなって、肩や腰が楽になりました。
受身だけだったら、4畳半ほどの面積があれば十分にできます。
朝起きて、朝食前に受身の稽古と、合気道の稽古でやっているストレッチをするようになってから、調子がよくなったけど……
他にも何かできないかな?
ある晩、ふと夜中に目が覚めて台所に向かう途中、ミニ道場で、夫が何か棒のようなものを振り回しているのを見かけました。
思わず中に入ろうとすると、「あほ!来るな!ケガするぞ!」と叱られたので、おとなしく入口で見学。
棒と見えたのは、木でできたヌンチャクでした。
我が家の和室の電灯は天井に直付けしているので、多少物を振り回しても当たる心配がないんです。
夫は器用にヌンチャクを右に左に持ち替え、前に後ろに振り回します。
「ふうん。うちにヌンチャクなんかあったんか」
「あほ。これはヌンチャクやない。双節棍(そうせつこん)や。ブルース・リーが映画で振り回してたんがヌンチャクや」
「そういえば、映画に出てくるのとちがって、黒くないし、鎖でつながってないね」
ヌンチャクは、中国武術の達人、ブルース・リーが映画で使って一躍有名になった武器。
赤樫や柳やラバーフォームなどでできた丸い短い2本の棒を鎖でつないだものですが。
夫の持っているのは、白樫の木でできた八角形の2本の棒を短い紐でつないだもの。
棒の長さは45cm。
一般に売られているヌンチャクは30センチ程度だから、やっぱりヌンチャクとは別のものかもしれない。
「空手は突くとか蹴るだけの武道やないんやで。投げ技も関節技もあるし、ヌンチャクやサイ、トンファーなんかの武器技もある。これは宗幹流の双節棍の型やけどな」
夫は双節棍を前後左右、縦に横に斜めに自由に振り回します。
……面白そうだなあ。
「ブルース・リーの映画の動きより、ゆっくりしてるね。部屋が狭いからか?」
「あほ。あれは早回ししてるんや。大体、あの勢いでヌンチャクで殴ったら、下手したら相手即死やで。道場でも、ブルース・リーに憧れて、思いきりヌンチャク振り回して、自分の頭に当たって病院に運ばれたやつが何人もおったわ」
……うーむ。それは危ない。
縦横無尽に双節棍を操る夫。
振り回すだけでなく、棍の先で相手を突く、棍の真ん中で相手の攻撃を受ける動作もあります。
……心なしか杖(合気道の棒状の武器)に似た雰囲気の動き。
「ほんまは回りながらやるんやけどな。狭いから動かんとやってるんや。狭くてもできることあったら、それはやらんとな。狭いのを理由に全然やらんよりはマシや」
ひとしきり型を披露した後、不意に夫は私に双節棍を差し出しました。
「ちょっと、やってみ」
「えっ!」
……次回に続く……
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マネさせてもらいます、と言いたいところですが、そもそもそんなネタもないですが(笑)
双節棍って、武道具店でも見かけることは、なかなかないですね。知り合いの店で鉄パイプで作られた双節棍があったので、これって重過ぎないの? と聞くと鍛錬用だろうということでした。本物は、やはりヌンチャクっぽい感じなんですね。
二本の棒をつないだ武器は、農機具から変化したのだと聞いたことがあります(異説もあるそうですが)。色々な武器の起源を探っていくと面白いかもしれませんね。出自不明のものも多いでしょうけれど。