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2011年10月08日

すれちがってしまった人

9月25日。
大阪市港区の小劇場で、私にとって、とても大事な公演がありました。



綾羽一紀追悼公演『降る星のごとく』。
(作:綾羽一紀、演出:あんがいおまる)

『降る星のごとく』は、ゾルゲ事件の首謀者として逮捕されて獄死した朝日新聞の記者、尾崎秀実の書簡集『愛情はふる星のごとく』をもとにした綾羽一紀さんの作品。

私は綾羽さんご本人にお目にかかったことがありません。

昨年の夏、綾羽さんが脳梗塞で倒れた日に、偶然、私が綾羽さんに仕事を依頼していた出版社に面接に来て、その仕事を引き継ぎましたが。

結局、綾羽さんは復帰されることなく、今年5月に亡くなりました。

どんな方なのか、一度お目にかかってみたかった……。

著書多数。
100作以上の脚本を書き、カルチャーセンターで映画史の講師をされていた方。

綾羽さんの作品が収録された作品社の『日本の名随筆』は、私の作品が選ばれた文藝春秋ベストエッセイと並ぶ、日本最高水準のエッセイ集です。

今回の公演は綾羽さんが最も愛した作品の『降る星のごとく』。

主人公は尾崎 秀実(おざき ほつみ)。
明治34年生まれのジャーナリスト。
東京朝日新聞を退社後、近衛文麿内閣のブレーンになり、政界・言論界で活躍していましたが、ゾルゲ事件の首謀者の一人として、昭和16年10月に警視庁特高課に逮捕され、昭和19年に処刑されました。

尾崎秀実が3年間の獄中生活で、妻子とやりとりしていた二百数十通の手紙。
それをまとめて出版されたのが、『愛情はふる星のごとく』なのです。

書簡集がどんな形で脚本化され、そして上演されるのか……
私は公演当日を楽しみにしていました。

物語は作家の尾崎秀実と妻、娘の平和な朝食の風景から始まります。

自分の将来に夢をふくらませる娘と、それを見守る父と母。

しかし穏やか日々は、突然現れた二人の男……特別高等警察の刑事たちによって失われます。
スパイの疑いをかけられた尾崎は刑事たちに連行され、泣き崩れる妻だけが取り残されました。

ここで舞台は暗転。

再びライトに照らされて現れたのは黒い背広姿の白髪の男性。
弦楽器……ヴィオラと弦を携えています。
この公演の特別ゲスト、ヴィオラ奏者の西川修助さん。

重厚なヴィオラの音色が響き渡る中、舞台のスライドに映し出されたのは星空。
そして『綾羽一紀追悼公演 降る星のごとく』の字幕。

クラシック音楽が好きだった綾羽さんをしのんだ演出です。

演奏が終わると再び舞台は暗転。

尾崎が逮捕されて半年後の尾崎家。
夫の無実を信じて待ち続ける妻の元に一通の手紙が届きます。
獄中の尾崎からのものでした。

内容は自分が元気で暮していること。
娘の進学先の女学校の選び方について。
身辺整理の指示。
本の差し入れの依頼。

そして、娘に宛てた父からの言葉「一日一言」。

『失敗しても絶望してはいけない。人の幸福は果てしがないところにある』

尾崎と妻の間で手紙のやりとりが始まります。

この作品は、尾崎の帰りを待ち続ける妻と娘の姿に焦点をあて、尾崎秀実を「戦前のゾルゲ事件の首謀者・ソビエトのスパイ」ではなく「獄中から妻をいたわる夫、娘の行く末を案じる父」として描いています。

『学問は人を幸福にはしないかも知れませんが、必要です。本をいつも読んで下さい』
『広く世界の有様をながめること、深く人間の命に思いをひそめること。それによって、一個の自分の地位をはっきり悟ることができるでしょう』

尾崎の娘に宛てた「一日一言」は、私の心を打ちました。

同時に「私は物書きとして、こういう人の心を打つものを書けるだろうか?」という疑問が頭の中をよぎります。

夫の無罪を信じて待ち続ける妻と娘。
しかしラジオの司法発表は残酷なものでした。

「尾崎秀実ほか5名をゾルゲ事件の首謀者として有罪とする」

その後届いた尾崎の手紙は、司法発表のことで学校で責められる娘を案じるものでしたが、ところどころが墨で消されていて読めません。
検閲されたのです。

それでも面会の許可が下りて、いそいそと留置所に出かける妻と娘。

音楽好きだった父を喜ばせようと、娘は学校で習ったシューベルトの「アヴェ・マリア」を歌いますが。
刑事に「面会所で不謹慎だ」と激しく叱られます。

しょげ返る娘。
それを慰める父。

尾崎は面会に来た旧友に、弁護士の手配を指示し、「家族を頼む」と言いました。
もう生きて留置所から出られないかもしれない。
妻や娘には見せなかった尾崎の不安そうな表情。

刑事の尋問。
無罪を主張する尾崎。

ひたすら手紙を待ちわびる家族。

尾崎は娘の誕生日を手紙で祝い、本棚にある自分が訳した本、母と娘が貧乏と逆境に立ち向かうアグネス・スメドレーの『女一人大地を行く』を読むように勧めます。

自分が死刑になるかもしれない状況なのに、それでも家族を気づかう尾崎。

手紙をやりとりする間に太平洋戦争の戦況は悪化。
本土空襲が始まり、岐阜県に疎開することに決めた妻と娘。

裁判で検事が求刑したのは死刑……

面会に来た旧友に「戦争のない世界。それをいけないとする世の中」を嘆く尾崎。
そして死刑求刑を娘に隠す妻。

 
何も知らない娘は『女一人大地を行く』を読み、翻訳者としての父の仕事ぶりに感動します。
「岐阜から帰ったら戦争は終わってるし、お父様も帰ってくる。お父様と一緒に上野博物館へ行こう」と淡い夢を抱く娘。

手紙の指示通りに、夫の服の処分をしようと書斎に入った妻は、そこで夫に出会います。

「結婚して15年、いい亭主ではなかった」と述懐する尾崎に、「いつも私たちのことを守ってくださっていました」と答える妻。

尾崎は「人はどんなに苦しいことがあっても、しかも生きるに値する」と娘に伝えてほしいと妻に頼み、姿を消しました。

その直後に発表されたのは大審院の通達。

『死刑です。私は生まれてくる時代を間違えたのかもしれません。妻と娘を頼みます』

尾崎が旧友に宛てた葉書です。
「力が足りず残念です」と肩を落とす旧友に、「仕方がありません」と気丈に答える妻。

尾崎から家財を処分して疎開するようにと手紙が届きました。

『戦争はいずれ終わる。この戦争は誰のためのもので、いかに無意味だったかわかります』

そして尾崎の処刑。
最後の手紙は、尾崎が処刑された後に届きました。

『降る星のごとく、とぎすまされた心を持ち、輝いて生きてください。人生はどんなに苦しいことがあっても、しかも生きるに値する』

泣き崩れる母と娘。

疎開のために尾崎家を出て行く母と娘の姿で物語は終わります。

場面が暗転し、再びヴィオラ奏者の西川修助さんが登場。
綾羽さんに捧げるようにヴィオラの旋律が静かに流れます。

「ある日突然、夫が逮捕されて処刑されてしまう」という戦時中の重いテーマを、プロコフィエフ交響曲6番「青春」や、シューベルトの「未完成交響曲」などの音楽で、親しみやすく仕上げる演出も見事でした。
やはり綾羽一紀さんに一度お目にかかってみたかった。

公演の最後に出演者が全員舞台に登場して挨拶。

「あんがいおまる一座は、これからも綾羽一紀の脚本を公演し続けます」

……座長の言葉。

私は同じ物書きとして、死んでもなお、劇団の人たちから愛されている綾羽さんがうらやましかった。

……物書きとしての私は、いったいどこへいくんだろう……

帰り道、運河を渡る風に吹かれながら歩いた時、ふと浮かんだ問いは、今も答えが出ないままです。
タグ:公演
posted by ゆか at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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