この「学科として」が、ものすごく大変なことなのです。
『文部科学省サイト』に、『平成21年度学校体育振興事業「中学校武道必修化に向けた地域連携指導実践校」』の研究報告書があります。
この研究が行われたのは鹿児島県長島町立長島中学校。
12月の1ヶ月間で7時間の柔道の時間を確保して、必修化授業の実験をしたものでした。
柔道経験はあるけれど指導経験のない保健体育教員1名と、地元の町道場から招かれた指導員2名で指導。
生徒は1年生36名、2年生37名。
しかも全員初心者。
……なんだか心配になってきます。
授業内容は、
1日目がオリエンテーション・礼法・基本動作。
2日目が受け身(後ろ受け身・横受け身)。
3日目が受け身(前回り受け身)。
4日目が固め技(けさ固め・横四方固め)。
5日目が支え技(膝車)。
6日目がまわし技(背負い投げ)。
7日目が試合・テスト。
……かなりの過密スケジュールですね。
普通、武道の1回の稽古は1時間半から2時間あるんですが。
授業は50分ですからね。
これは大変だ。
教える方も大変です。
柔道の授業期間中、毎週2回、町体育館で地域指導員2名と教員1名で柔道の練習をして綿密に打合せ。
打ち合わせ時間がない時は、指導員が授業時間よりも早く来て、授業前に打ち合わせして授業をする。
……これは指導員がつらいわ。
大多数の武道家は、武道とは別に職業を持っています。
仕事を休んで中学校に武道を教えに行くのは、相当な負担になるでしょう。
それはさておき、実際の授業風景はどうなのでしょうか。
授業ではワークシートが全員に配られます。
武道の心得、道着の説明や着方、技のポイントなど、イラストが豊富でわかりやすく解説されたプリント。
なるほど。
これを使えば指導しやすいですね。
授業の流れですが……
この日の授業は固め技(けさ固め・横四方固め)。
まず、柔道着を着て全員が体育館へ集合。
着座、黙想、礼、健康観察。
体調の悪い生徒がいないか事前にチェックします。
全体の授業を教師が行い、前回の復習を教師と指導員で指導する体制。
まずは準備運動と前回の復習。
前回り受身を教師と指導員2人で指導します。
次に今日の学習の「固め技」。
「けさ固め」のポイントを指導員Aが説明し、指導員Bと教師が実演します。
そして、子供たちがペアを組んで、「けさ固め」の稽古。
男子と女子の指導は別に行います。
指導員Aが男子、指導員Bが女子を担当し、教師が全体を指導。
「けさ固め15秒押さえ込みゲーム」など、生徒の興味を引く工夫をしてますね。
そして、「横四方固め」の指導。
「横四方固め15秒押さえ込みゲーム」をした後、応用編の「固め技ゲーム」。
二人一組で背中合わせの体勢からスタートして、習った固め技で10秒間相手を押さえ込んだ者が勝ち。
1分間で2回。
最後は整理運動。
今日の授業のまとめ、健康観察、着座、黙想、礼。
……50分で、これだけのことをするとなると、かなり忙しそうです。
『柔道未経験者の生徒ばかりなので、単元指導を作成する際には受け身の時間を十分に確保した。また、投げ技は比較的受け身が取りやすい技を選択し、習得させた。畳だけでは、投げ技や抑え技を一斉に練習できないため、体育館のフロアでできる技能はフロアを使って練習させた』
……安全面でも工夫がこらされています。
授業前の調査では32%の生徒が「柔道をしたい」と答えていましたが。
授業後の調査では「来年もしたい」が53%。
……うーむ。難しいなあ。
結局、47%の子供は「柔道が嫌」だったのか。
「学校で教える」ことを前提に組み立てられている柔道でさえ、このありさまですから。
他の武道となると……
合気道家のマイミク(mixiの友人)の同門の先輩に、剣道4段の体育教諭がおられます。
その方の学校では、必修化に先駆けて剣道の授業をしているそうですが。
なんと、子供たちは竹刀にジャージ姿で稽古。
基本的に道着袴は個人負担ですが、最近は、道着を買い揃えることができないほど困窮している家庭もあるので、ジャージで稽古しているとのこと。
剣道は面や胴、籠手などの防具が必要なんですが、予算が足りないので、学校側も全員の防具を揃えることができない。
防具をつけられないから、竹刀で面や胴を打つ、剣道としての普通の稽古ができないし、授業時間そのものも十分に取れないので、結局、竹刀を振らせる程度のことしかできない。
……これじゃ、剣道の面白さはわからないですよ。
ちなみに、この先生は武道必修化について「やる必要性を全然感じてない。むしろ今からでも白紙に戻すべき」と言われたそうです。
確かに、子供たちに剣道の魅力を教えたい剣士には、この状況は耐え難いと思います。
ところで、『文部科学省』サイトを見ていて思いましたが、武道って、どう採点するんでしょう?
武道の昇級昇段審査には「合格」「不合格」の二つしかないけれども。
学校は5段階評価なんですよね。
それぞれの武道の審査方法を踏襲して採点するんでしょうか?
「大昔の話やが」と前置きして夫が語った空手の審査は、縄跳びや拳立て伏せ(腕立て伏せを拳を立てて行うもの)や腹筋などの基礎体力。
試し割り、組み手の試合。
有段者になれば小論文。……うわぁ。厳しい。
「弓道には足の運び、矢を取る所作などに細かい礼法があり、心の乱れは所作の乱れにつながります。単に的の中心を射れば合格というわけではありません」と言うのは、武道友達(Facebookの武道家の友人)の弓道家。
試合のない合気道の場合……
これがまた難しい。
二人一組の組み手形式の演武での審査ですが……
この場合、組んだ相手の技量で演武の出来が左右されてしまいます。
そのため「日頃の稽古の様子」も加味して昇級昇段の審査結果が決まるわけですが。
学校で採点する時、どうしよう……。
難題山積みの中学武道必修化。
導入直後、相当な混乱が予想されますが……
とりあえず、子供たちの安全を祈るばかりです。
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ブログのコメントを書くのは初めてです。
この記事を読み、学校における武道授業の
大変さが少しだけ、分かりました。
”剣道は面や胴、籠手などの防具が必要なんですが、予算が足りないので、学校側も全員の防具を揃えることができない。”
などの証言に気が重くなりました。そういう面から考えても、武道必修化はあまり良くないのでは。ぼくが中学生のころは、剣道の授業では防具一式貸し与えられたのですが。もちろん防具の下は体操着でした。