仕事を終えて、私が道場に駆けつけると、道着袴姿の参加者が道場の畳を埋め尽くしていました。その数100名弱。大半の参加者は有段者ですが、残り2割ほどが茶帯(1、2級)や白帯(初心者や3〜5級)。そして、他道場から参加の緑帯の中学生。
研鑽会に招かれた先生は小柄な方。
短く刈った白髪。皴だらけの笑顔の中で、時折鋭く光る三日月のような細い目。
やはり只者ではない感じ。
挨拶もそこそこに稽古がはじまりました。
まず、諸手取り入り身投げ。
道場に普段の倍以上の人間がひしめいて、二人一組で畳1枚分弱。
普段の半分の面積で稽古するのは大変。
私は他道場の有段者と組み手していたのですが、前後左右の人間の動きを注意深く見ながら技をかけたり、受身をしたり……それでも時々、隣の受身を取る人と激突したりします。
しばらくすると、突然先生から「はいっ!」と声がかかりました。
全員が稽古をやめ、円陣を組みます。
先生は円陣の中心に立ち、一人の有段者を呼びました。
「受身はやたらに畳を叩かない。飛び受身の時は畳にを叩かないといけませんけど、後ろ受身を取る時には必要がないことが多いです。「受身は必ず畳を叩く」と教える先生もおられると思うけど、そこは臨機応変にやってください」
なるほど。確かに人のひしめく今の状態で、受身を取るたびに畳を叩いていたら、下手をすると、畳を叩く手が他の人の下敷きになり、かえって危険。
先生は、有段者に入り身投げをかけさせて、自ら受身の見本を見せてくださいました。
70代とは思えぬ軽やかな体さばき。見事です。
技も、私の師範の動きが「変幻自在な流水」ならば、先生の動きは「大らかに空をいく雲」で、師範とは別な意味で魅力的。
その後しばらくして、道場の3分の2の面積を使って、先生が有段者に杖や木剣の使い方を指導。
残り3分の1で、師範が有段者以外の人に両手取り四方投げの指導。
普段の稽古では、有段者とそれ以外の人に分かれて稽古することはありません。
先生の武器の指導も聞きたかったけれど、私も他道場の白帯の人と組み手するのに忙しい。
武器の指導が終わると、先生は四方投げ組の方を見に来られました。
「だいぶいいけど、腕はもう少し上にした方がいいね」
いきなり、私の人差し指をつかんで技をかけました。
人差し指一本、しかもそれを反り返るように持たれたので、思わず「いてててて」と叫んでしまいました。
「なんですか。「いてててて」とは。乱暴な。女性はそんな乱暴な言葉遣いしないの。「あいたぁ」とか、もうちょっと、女らしい声を出しなさい。何事も丁寧に優しく」
「えーっと……すみません」
周囲の人は大笑い。
先生は笑いながら去っていかれました。
初対面の人に、いきなり「乱暴な」と言われたのは初めて。
確かに私は昔から「乱暴者」と呼ばれていました。
女だてらに実戦経験多数で、殺人鬼の形相で笑いながら人を殴る悪癖の持ち主であることすら見抜かれたような気がして、とても恥ずかしかった。
先生が重視するのは「型にはまり過ぎないこと」。
時折冗談も交え、予定時間をオーバーしましたが、開祖植芝盛平翁のお言葉「愉快に稽古せよ」を地でいく楽しい稽古でした。
稽古後は先生を囲んでの懇親会。
巨大な桜の木の下に丸テーブルと椅子が並べられ、長方形のテーブルの上には料理。
その横には、氷と缶ビールやジュースを入れたプラスチックの容器。
少し離れた場所では、ドラム缶のかまどの上で、湯気を立てるおでんの大鍋。
「先生のお好きなものを、よそって差し上げなさい」
道場長代行の指示で、私ともう一人の女性が、おでんの大鍋の前に立ちました。
彼女が、先生の選んだおでんの具を皿に盛り、私が芥子のチューブを持ちました。
「芥子はおつけしましょうか」
「ほほう」
先生は三日月型の細い目をいっそう細めました。
「先程の稽古熱心な乱暴な人か。なかなか女らしいところもあるんですな」
……一応私は、これでも主婦なのですがね。
「では、少しだけ。「ストップ」と言ったところで、止めてください」
「わかりました」
私は皿の端に芥子を塗りはじめました。
「ストップ」
私は手を止めた……はずですが。
「あっ、私が「ストップ」って言ったところから、1センチ余分に芥子を出しましたね」
「そんなことないですよ。ちゃんと止めましたよ」
「いやいや。1センチ余分でした。力が余っているのかね。やっぱり乱暴な人ですな」
「……すみません」
先生はにやりと笑いました。
「やれやれ。精進しなさいよ」
先生は笑いながら、おでんの皿を持って主賓席に戻っていかれました。
後半では、商品が当たるくじ引き抽選会なども催され、私たちも他道場から参加された方々と一緒に盛り上がり、楽しい懇親会でした。
もし、また先生の研鑽会が開かれたら、ぜひ参加したいです。
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2006年09月16日
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