合気道は剣の動きを元に作られた武道なので、体術の稽古と平行して剣術の稽古をすると、技への理解が深まるからです。
……しかし、この木刀の稽古が苦手で。
「前後斬り(前にいる敵を斬り、そのまま反転して後ろの敵を斬る型)」はまだしも、「袈裟斬り」や「四方斬り」が苦手。
さらに「八方斬り」ときたら……。
「島村さんは、ほんと、剣苦手ですよねえ」
先生は苦笑しながら言います。
「前後斬り」はなんとかなるけど。
「袈裟斬り」は剣を振り下ろす時に「姿勢が前かがみ過ぎる」と注意される。
「四方斬り」は怪しげな動きで、「八方斬り」になると、完全に周りの人に遅れてる。
「四方斬りにしても、八方斬りにしても、やっぱり、ちゃんとできないとダメでしょう。特に八方は、全然ダメじゃないですか」
先生のお叱りも、ごもっともなんですが。
「四方斬り」は「東西南北、四方の敵を斬る」型。
「八方斬り」は「東西南北、北西、南東、北東、南西、八方の敵を斬る」型。
所属道場でやっていた体術の足さばきの稽古と違い、剣を持つと、どうしても剣を振り上げたり振り下ろしたりする動作に気をとられて、足さばきがおろそかになってしまう。
特に「八方斬り」は、途中で混乱して立ち止まったりする始末。
「稽古が足りませんねえ」
……はい。おっしゃる通りです。
この「八方斬り」は、基本中の基本の稽古なのに、合気道をはじめて半年間、稽古をすることを禁じられていたのです。
当時の私は極端な左利きで「左足を軸に右回転」という、合気道の基本的な動きさえままならぬ状態でした。
「おそらく合気会の有段者は、極端な左利きを修正するまで、お前に基本の足さばきをやらさんやろう。修正するまで半年はかかる。それまでは辛抱せい。ただし1年経てば、お前は大化けする」
合気道をはじめる前に、その話を武道13段の夫から聞いてなければ、合気道をやめてました。
なにしろ、合気道をはじめて半年、来る日も来る日も「左足を軸に右回転」の稽古ばかりでしたから。
ちなみに、私も母も母方の祖母も「矯正された左利き」でした。
その前の先祖も左利きだったかもしれない。
ただし、矯正されるのは「箸」と「鉛筆」だけ。
物を投げたり受け取ったりするのは左手。
右手が全然使えないわけじゃないから、普通に生活してるつもりだけど。
なんとなく「やりにくいなあ」と思う時もあります。
『ウィキペディア』によると、右利き用にできているものは、エレベーターのボタン、パソコンのテンキーやエンターキー、カメラのシャッターボタン。はさみ、そろばん、缶切り……
そういえば、こういうものを使ってる時、なんとなく動きがぎこちないなあ。
『日本刀は左側に差すが、左利きの場合、鞘から刀を抜くのに失敗することが多い。武家政権の時代には武士に左利きは禁忌とされ、右利きに矯正されるようになっていた』
……そうなんです。
私も、初めて木刀を持った時、無意識に左で構えて有段者に注意されました。
それまで意識していなかった「左利きの自分」を痛感するようになったのは、合気道をはじめてからです。
『剣道では利き手がどちらであるかに関わらず、右手が鍔側・左手がその手前の状態で竹刀の柄を握るように指導される。ただし、初心者は竹刀を振りかぶるにあたって竹刀の軌跡が利き手側に傾く傾向があるが、左利きの者はこの点をかなり修正される』
……ああ、左利きの剣士も苦労されてるんだなあ。
右利きの人と違って「右利きに矯正」される左利きの人々。
みんな右利きになってしまえば、左利きの人はいなくなりそうなものなのに、なんで左利きは絶滅しないんだろう?
『AFP BB NEWS(2009年3月2日)』に興味深い記事がありました。
南仏モンペリエの進化科学研究所、ヴィオレーヌ・ローラン氏のグループの研究で導き出された結論は「左利きは希少な存在だから生き残った」
「英国王立協会紀要」に掲載された論文によれば、左利きは遺伝的要素が強く、『有史時代の戦闘において、左利きの戦士には右利きの戦士の裏をかくという攻撃上の利点があった』。
左利きは希少だったから、戦いに勝って生き残ることが多かったらしい。
以前、夫が似たようなことを言ってました。
「お前が喧嘩にする時に有利やったのは、その左利きのせいや。しかも、右利きと違って、利き手やない方の手も使えるからな」と。
日本人の95%が右利きといわれていますから、左利きの人間が戦う相手は大抵右利きで、左利きは、その動きに慣れています。
一方、右利きの人間が5%しかいない左利きの人間と戦うことは、めったにない。
つまり、「左利き対右利き」の勝負になると、右利きの方が不利なのです。
「お前もわかっとるやろけど。実戦では、利き手に頼ってたらあかん。空手では両手が同じように使えんと、相手の攻撃を防ぎきれん。左利きを右利きに直さんでもええけど、両手が同じように使えるようにはしとけ」
そう言われてはいるものの……
合気道の技は、右、左の順。
どちらかと言えば「右側優先」の武道なのです。
「八方斬り」の時も、無意識に利き足の左を先に出してしまい、それで失敗してるのかもしれない。
……うーむ。困ったな。
利き手の矯正より利き足の矯正の方が難しいんです。
例えば、普通、歩く時に右足を先に出すか、左足を先に出してるか……あんまり意識しないですよね。
「左の蹴り」が得意技なので、利き足を矯正するのは気がすすまない。
でも「四方斬り」と「八方斬り」も、きちんとできなければ、合気道の上達は難しい。
何かいい方法がないでしょうか。
……次回に続く……
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今回のコラムは非常に興味深いです。僕は矯正右利きより珍しい「左利きに矯正した右利き」です。何か得になるからそうしたのではなく、そうしなくてはならない理由があったので。ちょっとした病で。左で字を書けるようになるには10年くらいかかりました。箸は3年くらい。僕のことはほとんど左利きとまわりは思っています。だから、左利きネタは詳しいですよ。
さて、四方斬り・八方斬りなんですが、居合刀で稽古してみてはどうですか。鞘が腰にささっていると、どうしてもそれを意識するので自然と体が刀を扱う動きになると思います。左右の目安にもなりますし。あれって、鞘が邪魔だなぁと思うのではなくて、それも含めて自分の体と認識しなくちゃならなくてと思います。
僕は居合いをきちんと習ったことはないのですが、以前古武術の稽古をしているときに、稽古の一環で居合刀を使いました。まあ、かなり独特のものです。だから、これは絶対ありえないことなんですが、僕個人では左で刀を稽古するときもあります。右に差すんです。栗型がちょっと邪魔ですが、いい身体操作の勉強になります。
以前、島村様に四方斬り・八方斬りについて聞いたことがありましたが、その後、斉藤守弘先生に直接教わっていたかたとネットで交流できました。今回のコラムに書いてあるものとたぶん同じだと思います。やはり僕がやっていた 白田林二郎先生系のものとは違いました。
コラム後編楽しみにしています。
さて、合気道が右手、右側優先とのことですが合気道は本来は左が優先だと師から習いました。
左は陽、右手は陰。左は日が登る方向であり、ひは魂を示し、右は身を示すそうです。
ですので舟漕ぎ運動も左、右、左の順番でおこないます。
また、合気道は剣の離合を体術で表した武道ですが、合気道だけでなく、柔術、空手も本来は剣の離合です。
剣は、ご自身で書かれているとおり、右手で扱うことが前提条件になっていますので左利きですと大変かと思います。ほとんどの剣の形は右構えですし・・・。
ですが剣術が柔術の元になっている限り、剣を扱わなければ合気道はできません。(私もできていないので偉そうなことは言えませんが・・。)
四方切り、八方切りについては、いつもの動きをただ剣を持っただけにならないようにご注意ください。
コメントは恥ずかしいので読まれたら消してくださって結構です(笑)