『図説柔術(小佐野淳著・新紀元社)』
柔術とは、江戸時代初期に確立された刀を持った相手を素手で封じる武術で、柔道や合気道の祖先にあたるもの。
以前、短刀を使った最古の柔術「竹内流捕手腰廻」について少しふれましたが、私たち合気道や柔道とは、竹内流は全然違う動きです。柔術から合気道へ。
何がどう変わったのか……。
著者の小佐野淳氏は古武道教士7段、日本柔術教士7段、居合道4段で、国際武道院公認指導員。
国際武道院とは、武道の国際的普及と発展を図り、世界の平和親善に寄与する事を目的とする特定非営利活動法人。
柔道、剣道、空手道、合気道、居合道、日本柔術、古武道の7部会で構成。
海外52カ国の武道修行者の会員に正しい武道の指導を行っている。……うーむ。知らなかった。
この本の冒頭には、恐ろしげなことが書かれています。
『なお、本書は柔術の総合解説書であり、一般読者に習得してもらうためのテキストではない。著者の門下生にとってはテキストとなるが、一般読者の方々が本書によって技の真似をすることは固く禁止する』
……確かに、合気道や柔道だって、本を見て真似をするのは非常に危険ですが。
柔術は「ひっかき・噛みつき、凶器攻撃」を除く、「投げ」「締め」「固め」「関節技」「突き蹴り」など、すべての格闘技法を網羅しているので、もっと危険です。
読みはじめて驚いたのは、入門時に誓約書に血判を押すこと。
しかも、「当然」の口調で書かれています。
誓約書の内容は……
「流儀を粗末に扱ってはならない」
「流儀の内容を人に話してはならない」
「門人同士であっても、同席で不平不満を言ってはならない」
「師匠に逆らってはならない」
「他流を誹謗してはならない」
「兵法に背くような行いをしてはならない」
「当流に他流の内容を取り入れてはならない」
「免許のないものは仕合をしてはならない」
……うーむ。血判か。私は押したことがないな。
しかし……
武道フォロワー(武道・武術の修行をしているTwitterの友人)の中に、古流剣術の鹿島新当流の伝承者がいて、「入門して血判を押した時、伝承者として自覚が出てきた」と呟いていたので、「血判?」と驚いたら、「血判は僕のところでも押しますよ」と、別の古流武術の修行をしているフォロワーからも同じような返事がありました。
古流武術を修行するためには、血判を押すほど覚悟が必要らしい。
まず、入会して稽古を続けているうちに、ある日突然、師範から「入門を許すから誓約書に血判を押せ」と言われる。
「入門しなきゃ、それ以上のことを教えてくれなさそうな雰囲気だったので」と、「鹿島の太刀」の伝承者は呟いていましたが。
入会から入門の間に、師範が「こいつは伝承者となる資格があるか」と慎重に観察してるらしい。
……うーむ。怖い世界だ。
夫にも訊いてみました。夫は大東流合気柔術二段。
大東流合気柔術は「古武道」と呼ばれる合気道の源流になった武道。
「ああ、血判なあ。そういえば俺も、親指ちょっと切って押したな」
「押したんか!」
驚く私に、夫は不思議そうな顔をしました。
「そりゃそうやろ。人を傷つける技術を継ぐわけやで。しかも、後世に引き継ぐねんで。悪用せんのはもちろん、習ったことを他言してもあかんねんから。血判ぐらい当然やろ」
……恐れ入りました。
それで夫は私に大東流を教えてくれなかったのか。
時々「苦労して合気道を習うより、ご主人から大東流の手ほどきを受けた方が早いのでは」と言われることがあるんですが、夫は「大東流はお前には無理や。お前に必要なんは合気道や」と、絶対に技を教えてくれないのです。
ただ、大東流も諸会派あって、夫が習った武器術も含んだ古武術に近い会派から、合気道に近い会派まで、さまざまな会派があるので、一概には言えませんが。
「覚悟」の点では、完全に柔道や剣道、空手や合気道とまったく異質な古武術・古武道の世界。
なんだか自分の至らなさを思い知らされて、やりきれない気分になります。
遠いけど気になる「古流の世界」。
古流柔術から合気道への「技の変化」について、もうすこし追ってみたいと思います。
……次回に続く……
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「柔術師弟記」
という作品おもいだしました。