柔術の技と合気道の技を比較してみると、興味深いことがわかります。
まず「受身」ですが、私たち合気道家が普段稽古している「前回り受身」「後ろ回り受身」にあたる「前方回転受身」「後方回転受身」の他に……
前方にまっすぐ倒れて腕立て伏せのような体勢をとる「前受身」。
前転して足の裏を地面につけて、ブリッジのような体勢になる「足裏受身」。
前方に逆立ちして、そのまま一回転する「前方転回受身」。
後ろに空中回転する「後方転回受身」。
二人一組でお互いに技を掛け合い、前方へ展開受身を取り続ける「閻魔返し」。
お互いに相手の手を放さず、床に転がる形で投げ合う「俵返し」。
……うーむ。いろんな受身があるなあ。
ブリッジや宙返りそのものの受身があるのは、畳の上で稽古する合気道と違って、柔術の稽古が床の上で行われることと、受身の定義を、「身の安全のために衝撃を防ぐもの」ではなくて、「反撃のために体勢を整えるためのもの」としているからです。
「受身の時に畳を強く叩く癖をつけるな。手傷める。お前が実際に受身取るはめになるんは、畳やなくて、アスファルトやコンクリの上や」と、受身の特訓をしている時に夫に言われましたが。
私も路上での実戦経験はあるので、「受身を取る場所が畳の上じゃない可能性」を否定できないんですね。
そこで、畳を強く叩かず、体を小さく丸めて転がるような受身を取り、「また小さくまとまった受身をして」と、稽古の時に先生に叱られていますが……。
私の受身は、『図説 柔術』の「定位置受身」の写真とそっくりだったので、ちょっと驚きました。
合気道と同じ技は「四方投げ」。
「正面突き一教」に似た「肘落(ひじおとし)」。
「後ろ両手取り一教」に似た「後引落(うしろひきおとし)」。
「回転投げ」に似た「水車(みずぐるま)」。
「諸手取り呼吸法」に似た「合気投(あいきなげ)」……。
似た技もありますが、違う技の方が多いですね。
相手の腕に関節技をかけながら、脇腹に蹴りを入れたり、相手の両足をつかんで投げ倒したり……というような「えげつない」技が多い。
ただし、柔術の場合、相手にダメージを与える技術と、脳震盪や仮死状態になった相手を蘇生する「活法」や、骨折や捻挫や脱臼などに対応する応急処置の「整復術」が、ワンセットになっています。
人を傷つけるだけの技術じゃない。
もっとも、「活法」も「整復術」も、伝授されるのは「免許皆伝者」のみ。
使い道を誤れば人の生死に関わる技術ですから。
確かに「柔術」は、「誰にでも教えていい技術」じゃないですね。
入門時に血判を押させるのもわかるような気がします。
明治維新のころ、この「柔術」から「柔道」が誕生しました。
当時は、廃刀令で武術を心得ることが必須だった武士階層がいなくなる一方、廃仏毀釈運動などが起こり、日本人自身が日本古来の文化を否定した時代。
武術を教育の中に取り入れようとした嘉納治五郎氏が、柔術の技の中から、「誰にでも習得できるもの」を取捨選択して作り上げた「柔道」の登場で、「武術」は「武道」に変化していくのですが……。
「武術は本来人を傷つける「術」で、「道」を極める武道やない。誰でもがやっていいもんと違う」と、空手4段剣道3段少林寺拳法3段大東流合気柔術2段柔道初段の夫は言っていました。
ということは、「武術とは、ある程度人間的に完成された人がするもので、武道は、それを学ぶことで人間的成長をめざすもの」……なのでしょうか。
「武術」はともかく、今の中学武道必修化の現場では、明らかに「武道」の理念からはずれたことが行われているような気がします。
私は武道家の一人として、武道・武術の魅力をいろんな人に伝えたいのですが。
中学武道必修化の様子を見ていると、最近、それが正しいことなのか、ふと不安になる時があります。
どうしたら、武道や武術の魅力を、きちんと普通の人に伝えることができるのか……
なんだか重い宿題を抱えてしまったような気がします。
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身の安全のために衝撃を防ぐものというのは、基本的に畳の上での稽古から生まれたものだという気がします。同じように見えて合気道の中にも、流派によって受身は色々。それを混ぜると、とっさには危険で。安全に稽古するには投げ方、極め方の体系によって、それに合わせた受身をするしかないんだろうなと思ってます。