丹田呼吸法は腹式呼吸法の一種。
人間は、立っている時には肋骨筋を働かせる胸式呼吸、寝ている時は横隔膜の伸縮で行う腹式呼吸をしています。
胸式呼吸のメリットは、胸郭を開いて一気に酸素を大量に供給できること。交感神経が緊張し、体を活動的にできる。
一方、腹式呼吸は副交感神経を緊張させる呼吸法で、体がリラックスして、血圧が下がる効果がある。
武道で腹式呼吸(丹田呼吸)が重視されるのは、「敵を前に冷静になる」ためでしょうか。
腹式呼吸は、息を吸う時にお腹を膨らませ、吐く時に息を押し出すようにお腹をへこませる呼吸法ですが、合気道の丹田呼吸法は一度お腹を膨らませると、あとはお腹を膨らませたままで、静かにゆっくり息を吐いていくものです。
最近、「健康にいい」ということで、この丹田呼吸法がブームですが。
それはいつごろ始まったのでしょうか?
呼吸法の歴史については、小野寺武志氏の論文『呼吸法及び呼吸法の歴史(和洋女子大学紀要)』が詳しいです。
この論文によると、呼吸法の最古の文献は中国の『上古天真論篇』。
『黄帝曰。余聞、上古有眞人者。提挈天地、把握陰陽、呼吸精氣、獨立守神、肌肉若一。故能壽幣天地、無有終時。此其道生。』
「げっ!漢文か!」とあわてられた方もおられるでしょうが。
大丈夫。
『漢方相談のお店 昌栄薬品』サイトに現代訳がありました。
『黄帝が曰う。「私は上古の時代に真人と称される人がいたことを聞いている。その者は天地と手をとりあい行動することができ、陰陽を正確に理解し、精気を呼吸し、独り神という大自然の働きを守り、その肌肉(はだ)はわかわかしかった。その寿命は特別に長く何歳になったら終わりだということがなかった。これは彼が養生の道を掌握していたことによるのであり、それだからこそ、このようでいられたのである」。(東洋学術出版社素問・鍼灸医学大系を参考)』
5000年前から、健康と長生きのために呼吸法が研究されていたようです。
次の呼吸法に関する記述は、春秋時代(約2700年前)の『荘子』。
『吹呴呼吸、吐故納新、熊經鳥申、為壽而已矣』
新鮮な大気を吸入して肺の中の古い空気を吐き出す深呼吸についての記述があります。
『熊經鳥申』とは熊が木に登る形、両手を広げるようにして胸郭を広げ、鳥が口を開けるように深く呼吸すること……つまり、胸式呼吸法。
腹式呼吸法がいつごろはじまったのかは、正確にはわからないようですが、すくなくとも腹式呼吸よりも胸式呼吸の方が歴史が古いわけですね。
ちなみに日本では、平安時代初期の歴史書『日本後記』に、呼吸による養生についての記述がありますが、「呼吸による健康増進」の考え方が広まったのが、827年成立の『摂養要訣』。
確か、この当時の武道(武術)といえば、相撲か弓か……剣術は、まだ確立されていなかったはず。
うーん。呼吸法と武道(武術)が、いつごろ関連するようになったのか……
ちょっと調べてみたくなりました。
……次回に続く……
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