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2012年06月19日

呼吸と武道(後編) 白隠と益軒

武道と丹田呼吸法が、いつ結びついたのか……。


今回手に入れた資料、和洋女子大学・小野寺武志氏の論文『呼吸法及び呼吸法の歴史』によると、健康法としての腹式呼吸法が普及するのは江戸時代。

白隠禅師の『夜船閑話』、貝原益軒『養生訓』、白河楽翁の『老いの教へ』、平田篤胤の『志都乃石室』……さまざまな健康法の書物が誕生しました。

『中村学園大学・中村学園短期大学部図書館』サイトによると、江戸時代中期の医師、貝原益軒が『養生訓』の中で、こう言っています。

『事にあたつては、胸中より微気をしばしば口に吐き出して、胸中に気をあつめずして、丹田に気をあつむべし。この如くすれば気のぼらず、むねさはがずして身に力あり。貴人に対して物をいふにも、大事の変にのぞみいそがはしき時も、この如くすべし。もしやむ事を得ずして、人と是非を論ずとも、怒気にやぶられず、浮気ならずしてあやまりなし。或(あるいは)芸術をつとめ、武人の槍・太刀をつかひ、敵と戦ふにも、皆此法を主とすべし。是事をつとめ、気を養ふに益ある術なり。凡技術を行なふ者、殊に武人は此法をしらずんばあるべからず』

大雑把に要約すると……。

何かことに当たる時は、胸から少しずつ息を吐き出して、胸に気を集めず、丹田に気を集めるべきだ。
そうすれば気がのぼせず、胸騒ぎもせず、身にも力があふれる。
身分の尊い方にもの申す時も、危機に臨んで多忙な時も、このようにするべきだ。
やむなく人と論争することになっても、怒りすぎて気を損なったり、不安で浮ついて間違った判断をすることがない。
芸術家が芸術に励み、武人が槍や太刀を使って敵と戦う時にもこの心がけを主としなければならない。
事に励み、気を養うための良い方法である。
一般的に技術を行う者はすべて、特に武士はこの呼吸法を知らなければならない。

「武道(武術)をする人は丹田呼吸法をしなきゃいかんよ」と言い切ってますね。

小野寺武志氏の論文『呼吸法及び呼吸法の歴史』で興味深いのは、江戸時代の健康法の文献の中に、白隠禅師の『夜船閑話(やせんかんな)』があること。

白隠禅師(白隠慧鶴)は、臨済宗中興の祖と称される江戸時代中期の禅僧。
修行の途中で病気になりましたが、「内観法」という呼吸法で回復し、衰退していた臨済宗を復興させました。
この「内観法」は、あおむけに寝て、丹田から両足にかけての範囲に意識を置くための4つの公案を静かに唱える丹田呼吸法の一種。
自律訓練法に似ていますね。

『流山市円東寺』サイトには、白隠禅師について、こんな逸話があります。

ある日、白隠禅師の寺に来訪した武士が、禅師を試すつもりで「地獄、極楽などというが、それは一体どこにあるのか」と問うと、禅師は「お前は武士であろう。武士なら武士らしくすればよい。地獄だ、極楽だと、そんなことに迷っているようでは、本当の武士ではない、偽者じゃ!」と答えました。

禅師が問われるたびに、何度もそう答えたので、怒った武士は「失礼でござろう。人が仏法を丁重に問うているのに、それに答えず、わめく法があるか」と、腰の刀を抜き放ちました。
ところが禅師は、その刀をひらりとかわし、こう言いました。
「それ、そこが地獄というものじゃ」
禅師の教えに気づいた武士は、その場に手をつき謝罪すると、禅師は間髪を入れず「それ、そこが極楽じゃ」と破顔大笑したそうです。

「地獄も極楽も私たちの心の眼の向けようによる」という教え……
すごいな。やっぱり「武道と丹田呼吸法の接点」の鍵を握る人かもしれない。

白隠禅師が生きていた時代……江戸時代中期には、剣術、柔術、槍術、長刀術、手裏剣術などのさまざまな武術が誕生します。
それまでの武術は『武芸十八般』と呼ばれる総合武術でしたが、平和な世の中になって、それぞれの武術が独立した技術に発展していくのです。

禅に傾倒した兵法者(剣術家)として、柳生宗矩や宮本武蔵が知られていますが。
江戸時代後期の剣客、天真伝兵法(天真白井流)の開祖の白井亨は、白隠禅師の「内観法」を実際に行っていたそうです。

あくまで私の仮説ですが、武道(武術)が丹田呼吸法を取り込んだのは、江戸時代の剣術が最初……ということになるのではないでしょうか。

この「内観法」は、呼吸器疾患や神経症にも効くそうなので、『夜船閑話』の解説本をAmazonで発注しようとすると、『この商品を買った人はこんな商品も買っています』リストに現れたのは……

『氣の呼吸法―全身に酸素を送り治癒力を高める (幻冬舎文庫)』

……著者は、昨年亡くなられた合気道開祖の高弟で、『氣の研究会(心身統一合氣道会)』を創設した藤平光一十段。

合気道の本が出てくるとは思わなかったな。

藤平十段は大学入学後に肋膜炎を発症しましたが、山岡鉄舟の高弟、小倉鉄樹などから禅や呼吸法を学んで病気が完治したそうです。
そして「呼吸」と「氣」の関係を深く追求されていくわけですが。

……どうも、この本も読まなきゃいけないようですね。

今回は「丹田呼吸法」と「武道」のかかわりについて、謎解きをするつもりだったのに、さらに宿題が増えてしまいました。やれやれ。
posted by ゆか at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 武道系コラム | 更新情報をチェックする
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