妹が私に見せたのは、紺色のピーコート。
左肩に校章、金の校章ボタンもついています。
「姉ちゃん。去年から、ピーコート、ピーコートって騒いでて、今も見つからへんのやろ。紺の無地でよかったら、うちの子の着てたやつがあるから、どうやろなと思って」
私はピーコートをながめました。
ウールとナイロンの混紡の厚手の生地。色はダークネイビー。
形はトラッドの正統派。
「これ、学校のやつやね。でも、普通のピーコートに校章つけただけなんちゃう?」
「そうやねん。ほんま、3万もしたのに。ムカつくわ」
妹は不服そうな顔をしました。
甥の通う私学は、現在「文武両道の名門校」として驀進中。
学校は制服にも気を使って上質なものにしたらしい。
しかし、甥は1年で15センチも身長が伸びて、このコートは、去年一冬着ただけで、今年はもう着られない。
「姉ちゃん好みやし、アンゴラやアクリル入ってない生地やから、触っても大丈夫やろ」
私は、アクリルやアンゴラに触れると肌がかゆくなり、発疹が起きる難儀な体質。
「あの子も、「姉ちゃんになら譲ってもええ」て言うてやるねん。校章取って、ボタンつけかえたら、どうやろ?」
とりあえず、コートをはおって姿見でチェックしてみました。
着丈袖丈はジャストフィット。
そして、やや古風で真面目な雰囲気もぴったり。
「ふーん。やっぱり、姉ちゃんのコートやったか」
「ありがとう。これ、もらうわ。また、あの子に会ったら、お礼言わんといかんね」
私は一昨年から、ずっとピーコートを探していたのです。
身長165センチ、大柄で肩幅広く手足が長く、がっちりとした骨格。
西欧人体型の私には、日本のアパレルメーカーのコートは、袖丈が短く、肩幅が狭すぎて着られない。
最近は、エディバウアーやランズエンドといった、アメリカの通販服ばかり着るはめになっているのですが……
ランズエンドのピーコートは肩幅が狭い。
「ジャパン・フィットなんて、よけいなことすな!」と思わず叫びたくなる。
エディバウアーのピーコートはポケットが目立ち過ぎ。
さっそく、私は、甥のコートの校章をはずし、ボタンを付け替えました。
甥と会った時に、「こないだは、コート、ありがとう。気に入ってるよ」と言うと、甥は「それはよかったな。へへへ」と照れ笑いして、自分の部屋に行ってしまいました。
数日後、急に寒くなり、いよいよコートの出番。
……ところが……
「おお、新しいコートやんか。こりゃ、ええわ。ぬくいわ」
夫が、いきなり私のピーコートをはおって出勤。
夫の身長は175センチ。服のサイズはメンズのM。
トレーナーやセーターは、私と共用しています。
ピーコートの起源は、15世紀のオランダの『ピィヤッケル』。
漁師や水兵が着ていた粗い毛織のジャケット。
そして、アメリカ海軍の制服として採用された機能的で堅牢なもの。
古風で真面目な学生風……このピーコートの雰囲気は、講師の夫にも似合ってしまった。
夫は一週間ほど、嬉々としてピーコートを着ていましたが……
ある日、突然言いました。
「お前、これ、ひょっとして、制服とちがうんか?」
夫は通勤途中、偶然、同じコートを着た学生たちと同じ車両に乗り合わせてしまい、大変ばつの悪い思いをしたらしい。
結局、夫は、前から持っていた、ランズエンドのダウンパーカーを着て通勤することになり、ピーコートは、私のところに戻ってきました。
私の場合、職場が甥の学校とは逆方向で、同じコートの学生と出会わないので大丈夫。
そう思って、ピーコートを愛用していました。
今年の正月、濃紺のピーコートに白のコーデュロイパンツ。焦茶のショートブーツ。空色のカシミアのマフラーに、まとめ髪……
そんな格好で、道場の新年会に出かけました。
「新年おめでとうございます……あっ! 何着てはるんですか!」
初段の若者(武道系コラム『隙あり!』『抜刀術』などで活躍)が、突然大声をあげました。
彼の家は、甥の学校の近所。コートの正体を見破ったのです。
私が小声で「甥から譲ってもらった」と説明すると、「さすがですね。学生のコートを、若々しく着こなされているなんて」と、また大声で言うものだから、他の出席者に、制服のコートを着ていることが、バレてしまいました。
私が周りの人に事情を説明すると、不惑の女性が学生のコートを着ていて、違和感が全然ないことに驚き、伯母思いの甥に、みんな感心する……
まあまあな結果に終わりました。
これに懲りて、ピーコートを着るのをやめたのかというと……
全然反省の色もなく、今年も、このコートを愛用しているのです。
ラベル:ピーコート