その本とは……
『剣士なら知っておきたい「からだ」のこと』(木寺英史・小田伸午著 大修館書店)。
「待たんかい! 合気道と剣道、関係あらへんやんけ!」と激昂された方、ちょっと落ち着いてください。
まず、大きく深呼吸して、思い出してみましょう。
合気道の開祖、植芝盛平翁は、柔術や剣術、その他様々な武道を学んだ後、「合気道」を創られたことを。
つまり、合気道は、ある時突然、無から生じたわけでなく、それまで存在した武道とは密接な関わりを持っているのです。
剣術(剣道)も、その一つ。
この本の著者の木寺氏は、筑波大学体育学群卒の剣道教士7段。
小田氏は京都大学で、人間の身体運動や運動制御機能を科学的に研究している人間・環境学博士。
元々、剣道愛好家の間ではケガが多発していました。
木寺氏自身も18年前、剣道の稽古中にアキレス腱断裂の大ケガを。
本来、心身を鍛えて健康に役立てるための剣道で、多くの人が身体を傷つけてしまう現実。
「現代の剣道には、何か不自然な動きがあるのではないか」と疑問を抱いた木寺氏は、あらゆる動きの基礎「歩行」について、長年考察した結果、「昔の日本人の動き(ナンバ)」について、科学的に解明していくことになります。
私は、「剣道の人も竹刀や木刀持ってるんだし、合気道の木剣(木刀)を、もっと上手く使える参考になるかも」と軽い気持ちで、この本を図書館から借りてきたのですが……驚きの連続。
冒頭に「現代剣道の構え」「古流剣術の構え」の写真が並んでいるのですが……
なんと、私たち合気道家の木剣の構えは、「現代剣道」ではなく「古流剣術」そのものだったのです。
合気道の剣の構えは、足の踵が地面についています。
前に出た足のつまさきはやや外に向き、後ろ足のつまさきは横に近い外向き。
現代剣道の剣の構えは、左右両方の足先を正面に向け、つまさき立ちで踵は地面につけない。
試しに、ここに書かれている現代剣道の足の運びで、合気道の四方斬り(合気道の基礎の足さばき。一歩前に出て前方の敵を斬り、反転して後ろの敵、刀を返して右の敵、反転して左の敵を斬る。東西南北四方の敵を斬ることから、そう呼ばれる)をやってみました。
……なぜか、やたらに腰をひねるはめになり、腸捻転を起こしそうでした。ああ、怖かった。
前から、「合気道うまくなりたいので古流剣術も」とか「合気道を深く知るために居合道はじめました」という話は、よく聞いていました。
でも、「合気道上達のため、剣道やってます」という話を聞いたことがないのは、動きがあまりにも違いすぎるためだったようです。
面白いので、剣道3段で指導員経験のある夫に訊いてみました。
「今、剣道の本読んでるけど、今の剣道は、昔の剣道と違うらしいね」
「そうやな。テレビで剣道見てても、「あれ?」と思うこと多いわ。たぶん、俺が師範のお手伝いで、警察で剣道教えてる頃と違うて、今の学校じゃ、侍歩きを教えとらんのやろう」
「侍歩き?」
「手と同じ足を出して、ガニマタで、一本の線またいで、まっすぐ歩くことや。今の剣道は、そうやないみたいやけど。合気会の有段者も、侍歩きしてるはずやろ」
「ああ、ナンバのこと。うん、有段者はそうやね。手と違う足が前に出て、一本の線上に足を運ぶ動きは、腰をひねるので、よくないと教わってる。普通に歩いたり走ったりするのは、それでもいいけど。武道の場合、そこに「敵の攻撃」、予想つかない方向から、強い力がかかる。やたらに腰をひねる動きは、ケガするから、ダメと言われた」
実際、合気道の有段者、特に高段者の歩き方をみると、外またで、一本の線をまたぎながら、二本の平行線を描く歩き方をしています。
ついでに言うと、この状態で剣を持つと、剣先がぶれずに、思うように剣を操れる。
上半身が安定し、前後左右に揺れないことは、「ムダなエネルギーを使わない」ことでもあるのです。
「俺の剣道の師範は、北辰一刀流の他に、古流の鹿島神道流もなさる方やったから、俺は古流も習った。そやけど、今の、学校で教えとる剣道は、試合で勝つことばかり考えて、それ以外の動きを、させたがらへんのと違うか」
実は、「実戦で人を斬る」ことを想定した「古流剣術」とくらべると、「現代剣道」は「競技武道」の別名もあるほど、ルールが厳格。
全日本剣道連盟によれば、「試合は原則三本勝負。三本のうち、二本を先取した方、または時間内に一本先取した方が勝ち」。
評価される技は「面」「小手」「突き(高校生以上)」「胴」。
「充実した気勢、適正な姿勢を持って、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し、残心あるもの」だけが「一本」。
試合中に選手が「場外に出る、竹刀を落とす、着装の乱れ、40cm以上の面紐、柄より上を勝手に触る」は反則。
試合中に2回すると、相手の「一本」になる。
しかも、試合時間は5分(延長戦の場合3分が基準)……うーむ。厳しい。
現在の剣道の試合ルール「5分以内に、相手の特定の部位に、有効打を最低二本打たなければならない」制約の中で、「いかに有効打を早く打つか」以外のことは置き去りに。
その結果、現代剣道の動きは人体に負担をかける、いびつな形になってしまったのではないか……木寺氏は、そう考察されています。
現代剣道に「古流剣術(ナンバ)」の動きを取り入れると、今より身体に負担がなく、迅速な動きができる……との結論。
おそらく、試合をしない合気道は「古流剣術」の動きのまま、変化しなかったのだと思います。
しかし、かつて型重視の「古流」から離れ、別の道を進んだ「竹刀稽古」の「現代剣道」(詳細は『抜刀術(前編)』)が、今再び「古流」を見直す……興味深いことです。
なお、この本には、「やってみよう」コーナーがあり、
「内またと外またで歩いてみる」
「木刀を左腰に差して歩いてみる」
「腕の重さを感じながら腕を振ってみる」など、
実際に体の動かし方で何が変わるか、体感しながら理解できるので、なかなか楽しい。
そして、合気道にも必要な「脇を締める」「腰を落とす」「二直線歩行」「すり足」などのトレーニング方法を写真と図解で説明。
「掘り出し物」でした。
剣道をされる方以外にも、おすすめです。
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2007年03月13日
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さすがに良く研究されていますねえ。
見習わなくてわ。
参考になります。
これからも色々と紹介してください。