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2013年12月10日

一期一会(前編) 巷の達人

『東京に転勤することになりました』


出稽古先の先生からの唐突なメール。
しかも転勤の辞令が出てから、東京の会社に出勤するまでが、たった半月。

『道場はクローズします』

5年前、先生が転勤で大阪に来て道場を開かれたので、当然、転勤になれば道場を閉じなければいけない。
先生に代わって指導できる有段者がいれば、道場を閉めずにすむのですが。
合気道の指導員になるには10年近くの経験が必要。
残念ながら、5年では、代稽古ができる指導員の有段者を育てることができなかった。
仕方のないことです。

私のようにビジターで来ていた有段者は、それぞれの所属道場へ戻り、この道場の正会員は、先生が懇意にしていた大阪の他道場を紹介してもらうことになりました。

4年前、義母の在宅介護が始まった時、私は平日の夜の所属道場の稽古に行けなくなりました。
本来なら、合気道をやめなければいけなかったのです。
幸い、出稽古先の先生が、所属道場に「うちは日曜の昼間に稽古しているので、しばらく預かりましょう」と言ってくださったので、合気道を続けることができました。

今年の4月、義母の在宅介護が施設介護に移行し、普通なら、すぐに所属道場に戻るべきだったのでしょうが。
関西合同稽古の時に、所属道場の方に「受け身が変わりましたね」と言われて、なんだか自分が別の道場の人間になってしまったみたいで、戻りにくくて、そのまま出稽古先で稽古を続けていたのです。

これを機会に所属道場へ戻るかなあ。

「道場はクローズしますが、僕は出張で時々大阪に来るので、その時に体育館を借りて稽古しましょう」

にこにこしながら先生は言われました。

「道場閉鎖」の悲壮な雰囲気もなく、最後の稽古も普段通りに終わり、近くのファミリーレストランで、先生を囲んでお茶を飲みました。
そのメンバーの中に、私に大東流合気柔術の「入り身投げ」をかけた合気道有段者もおられました。

「その大東流の有段者に会うた時、できるだけ、たくさん話を聞いておけ。かなりいろんなことを知ってるはずや」

9月末に私の話を聞いた夫は、その時、にやりと笑いました。
夫は空手四段剣道三段少林寺拳法三段大東流合気柔術二段柔道初段。

私が夫にした話とは…… 

9月の最後の稽古が終わった後、この有段者と話をする機会がありました。

「こんなこと言うと失礼なんですが、あなたの姿を最初に見た時、ぞっとしました。殺気でバリア張った恐ろしい人だったので。遠間でバリアを張っているのに、近間ではバリアがなかったので安心して稽古できましたが、それはご自分でセーブされているんですか?」

私は非常に驚きました。
うーむ。やはり最初の直感通り「巷の達人」だったのか。

この有段者に出会った時……
稽古の時間に遅れて後から道場に入った私は、先生と稽古する姿を見て緊張しました。
動きが明らかに違う。
別の武道の有段者で、おそらく合気道家には珍しい実戦経験者。
「えらい人が入ってきたなあ」と思いつつ、おそるおそる一緒に稽古してみると、申し訳ないほど気を使ってくださいました。

実は「武道の達人」は、テレビや新聞に登場したり、道場を開いたりしている人だけではありません。
大半の武道家や武術家は、ごく普通の社会人の姿で社会の中に溶け込んでいます。
一般人が気づかないだけで、自ら名乗ることのない「巷の達人」は、意外にたくさんいるんです。

「久しぶりに言われましたね。四半世紀前に「殺気で結界張っとる。えらいもん見た。恐ろしい女や」と、私に言ったのは夫です。「稽古の時は、自己防御本能をセーブした合気道モードを作れ」とさんざん言われているのに、あいかわらずダメなんですね。ご迷惑かけて、すみません」
「それ、セーブしてると疲れませんか?」

私は息を飲みました。

「鋭敏な人の強い警戒心が、バリアを作り出してしまうことがあるんです。でも、常時バリアを張っていて、全然負担にならないということは、それは、ある種の「才能」です。合気道モードは、たぶん、あなたにとっては不自然な状態でしょう」

「合気道モードは確かに疲れます。「合気道モードは稽古の時だけでかまわん」と言われていますが、最近、相手を怖がらさないように、人と会う時にも合気道モードを心がけているせいか、すごく疲れます。これからは、むやみに人に会わないようにしたいですね」

そう言うと苦笑いされましたが……

さて、この送別会の席上では「合気道の関節技とツボ」の話題が出ました。

「合気道の関節技で、指で押さえてる部分って、ツボでしょう。ちゃんとツボを押さえれば、少しの力で技が効くし、技をかけた相手の体にもいいはずなんですよね」
「そうです。合気道家でも、経絡や筋肉の構造の知識はあった方がいい。島村さん。ちょっと腕を出してみてください」

元大東流の有段者に言われて、私は思わず腕を引っ込めました。
合気道は「相手に腕をつかまれた状態」から展開する技が多いのですが、相手が大東流合気柔術の使い手の場合は「腕をつかまれたら、その時点でおしまい」。
以前、夫に「合気」をかけられた経験があるので、大東流の怖さはよくわかっています。

「あ、大丈夫ですから、怖いことはしませんよ」
「「合気」なんか、かけないでくださいよ」
「大丈夫ですよ。「合気」は使いませんから」

しぶしぶ腕を差し出すと、がっしりとした大きな手で手首をとられました。

「例えば合気道の四教の手の甲側で押す部分は「外関(がいかん)」のあたり、頭痛や視神経や神経痛のツボ。この「外関」を親指で押してみます」

親指をツボの部分に押し当てられると、手首から肘にかけて痛烈な痛みが走り、思わず悲鳴をあげました。
夫にかけられた衝撃系の「合気」じゃなくて、神経痛に似た物理的な痛みです。

「これが殺法の取り方。今度は活法の取り方をしてみます」
「もういいです」

私がふりほどこうとしても、手を放してくれません。

「これが活法の方」

同じ場所を押されているのに、痛いけど気持ちいい。
手首から腕にかけて、じんわりと、あたたかいものが広がっていく感じ。

「……気持ちがいいんですけど。同じツボですよね」
「そうです。同じツボを同じ力で押しました。ちょっと押し方が違うけど。ツボは急所だから、こういう使い方もできるわけです」

先生や他の人も興味深そうに見ています。

「大東流には、このような使い方もありますが、合気道でも、ツボを正確に押さえて相手の体調をよくしたり、うまく関節技をかけて、相手の筋を伸ばしてあげたりすることができます。開祖のおっしゃられた「愛の武道」の一つの形になるかもしれません」
「なるほど。今後の指導でも参考にしてみます」

先生は大きくうなずきました。

ひとしきりツボの話で盛り上がった後、先生も東京へ行く準備があるので、ここで解散。
私は元大東流の合気道有段者と、そのまま残りました。

いつ、次に会う機会があるのかわからない。
一つだけ、どうしても聞いておきたいことがあったので。 

……次回に続く……
posted by ゆか at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 武道系コラム | 更新情報をチェックする
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