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2015年05月09日

結界(後編)縁

「「合気道」という武道を少々たしなんでおります」


「その体の柔らかさといい、膝行や礼の仕方といい、何か一つながりの洗練された所作のようにお見受けしましたが……今日はお茶を楽しんでいってくださいね」

合気道は「華麗なる飛び受け身(宙返りのような受け身)」が見所なので、映像では立ち技が紹介されることが多く、座技(正座で行なわれる技)や膝行(正座で前進する動き)は、一般的には知られていません。

膝に負担がかからないよう正座用椅子が出され、お点前がはじまりました。
先客の主婦2人が亭主とともに茶事の進行を担う「正客」、後から茶室に入った私は「末客」になります。

しかし「正客」は、あまりにも茶道を知らなさすぎました。
亭主に作法の説明をされても「はあ」「へええ」と感心するばかりで全然話が盛り上がらない。

「端午の節句らしく、紙の兜と稚児の取り合わせがかわいらしいお軸ですね。どちらのものですか?」とか「備前の一輪挿しに赤の芍薬ですか。つぼみが少し開いたタイミングがまた絶妙で、どちらのお花ですか?」とか「先程から「表さん(表千家)では」「お裏さん(裏千家)では」とおっしゃっていますが、こちらのお流儀は何流ですか?」とか、私には尋ねてみたいことが山ほどあるけれども。
「末客」が茶事の進行の主導権を握るのもルール違反。困ったなあ。

お菓子は端午の節句ということで砥部焼きの角皿に「柏餅」。
わかりやすい演出です。

「畳の縁を境に、あなた方が座っている畳があなた方の世界、縁を境に、こちらの畳はこちらの世界、これを「結界」と言います」

「結界」……正式には客が閉じた扇子を自分の前に置く形ですが、「正客」も私も扇子を持っていませんでした。

「末客」は「膝行」という茶道にあるまじき動きをする人だし、「正客」は「抹茶を使った料理」について質問するデリカシーのない人々で、なんだか申し訳ない。

「正客」の話に、亭主は冷静に受け答えしているけれども、茶室の空気が徐々にひび割れてきているのを感じました。
特に「抹茶を買って賞味期限をすぎて捨ててしまった」話は「水一滴、米一粒さえ無駄にしない」茶道精神に対する冒涜です。
まずいことになったなあ。空気がとげとげしくなってきたけど、この空気を和ませるのは「末客」の私には無理。

お菓子を食べ終わると薄茶が出ます。
器は「赤楽(赤い楽茶碗)」。
茶碗を傷つけないように指輪をはずしましたが、「正客」は、プラチナの指輪をつけたまま茶碗を持っています。
思わず「危ないからやめてください」と言いそうになりましたが、主催者側が黙っているのに「末客」の私から指摘することはできません。

私に薄茶が出され、何気なく茶碗を手に取った時……

「なんですか!その茶碗の取り方は。やりなおし!」

突然の叱責に私は驚きました。

「あなたは、心の片隅に人の心を粗雑に扱う癖があるようですね」

図星です。相手に対して気を使っているはずなのに、なぜか相手を怒らせてしまう失敗を何度も繰り返していて、しかも一向に改まらないのが悩みでした。

「あなたが何も知らない方なら、私たちは何も言いません。でも「にじり口(茶室の正門)」から入ってきた以上、茶道の知識が全然ない方ではありませんね。だから、ここできちんと教えておかなければなりません」

なぜか「畳の上から抹茶茶碗を持ち上げる」特訓がはじまりました。
「正客」の主婦2人は呆然と見ています。
「茶を楽しむ」ではなく「稽古をつけられる」状態になりましたが、私の不覚なので致し方ない。

何度も繰り返した後、ようやく「すこしきれいになりましたね。今日はここまでにしましょう」とOKが出ました。

「あなたには、各流派に共通する茶道の基本的な所作と、どこに出ても堂々とふるまえる心を学んでいただきたいので、こちらに通っていただけますか」

亭主も半頭も完全に「正客」を無視した状態。
妙なことになってきました。

お点前が終わると、「正客」の主婦2人はそそくさと帰り、亭主と私だけが四畳半に残りました。
亭主は表千家、半頭は裏千家の先生で、流派に関わりなく茶道を楽しんでもらうために、ここに茶席を設けているそうです。
私は50年前の棗(茶を入れる道具)を母から譲り受けた話をしました。

「やはり、茶道にご縁がある方なのですね。ここは午後2時ぐらいからお客様が増えますから、それまでにお越しいただければ、ゆっくりとお話することもできるでしょう」

その時、縁側から声がしました。

「すみません。お茶を飲みたいのですが。どんなお菓子がありますか?」

縁側に立っていたのは小さな子どもを連れた夫婦。
「茶席」は「畳敷きの和風喫茶」とは違います。
観光地の茶席で作法を知らない人が来ることも多いのでしょうが。これもひどい。

主催者が「一期一会の客に精一杯のもてなしをする」茶道の精神に基づいて、できるかぎり「おもてなし」をしているのに、客の方は全然気がつかない。
私が「にじり口」について尋ねた時、水屋で歓声が巻き起こったのは、茶道に興味を持った客が珍しかったためでしょう。

「にじり口からの退出」の稽古を3回ほど繰り返してから、お礼を言って外に出ました。
この時、私は自分の名前を名乗らなかったし、亭主も名乗りませんでした。
でも「茶の湯の心を学ぼうとする者」と「茶の湯の心を教える者」。
これからゆっくりうちとけていけばいいでしょう。

ふと武道13段の夫の言葉「見込みのない者は叱られない」と「あなたは段取れる人だから」と初心者の私を厳しく指導してくださった有段者の皆さんのことを思い出しました。
当時の有段者の皆さんのほとんどが、すでに合気道をやめられているのが残念ですが。

合気道の稽古の方は、豊中市立武道館の「スポーツ教室・合気道」が6月末に終わり、7月から自由稽古がはじまるので、その頃の復帰を考えてみましょうか。
ラベル:茶道 合気道
posted by ゆか at 10:34| Comment(1) | TrackBack(0) | 武道系コラム | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
4級所持者です。
武田師範の記事をとっかかりにこちらを知り、この数日で武道系を一気に読ませていただきました。大変参考になります、ありがとうございます。
今回は大変なことでしたが、有意義だったのではないかと拝察します。
私も母が宗偏流をたしなんでいましたが、私は基本のキの字がわかる程度で。

これからもよろしくお願いします。
Posted by しいたけ at 2015年05月27日 08:56
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