発熱伝染性呼吸器疾患を持つマスク姿の男性も横の席に座っています。
休憩中、姿がなかったから帰ったのかと思ったけど。私のように地方から演武を見に来た人で、新幹線や飛行機の時間の都合上、帰れないのかもしれない。
年齢は30半ばぐらい。
眼鏡とマスクで顔はわからないけど、肩の動きから推察すると午前中よりも症状が悪化している。
……喘息持ちで風邪気味の私としては、間近に発熱伝染性呼吸器疾患の持ち主がいるのは非常に困るのだけれど。
「うつるから近寄らないでください」とも言えない。
古武道演武大会見学にはトラブルがつきものですが、生命の危険を感じつつ演武を見るはめになるとは思わなかった。
とはいえ、お目当ての鹿島新當流剣術(かしましんとうりゅうけんじゅつ)の演武がはじまりました。
2年前に大雪で飛行機が羽田空港に降りられず、見られなかった幻の剣術。
Facebookの鹿島の武人の演武は、鋭い気迫とともに太い棒状の木刀を軽々と使う力強いもの。
重い木刀を持ったまま、膝の位置を低くも高くもできる。
重心を自由自在に動かしながら激しく木刀を打ち合う。
基礎体力と足腰の強さと厳しい鍛錬が必要な難しい技術です。
それにしても、いつもながら、直心影流薙刀術(じきしんかげりゅうなぎなたじゅつ)年配の女性演武者の動きは鋭い。
古武道の演武は免許皆伝以上の人が出てくるので、毎回同じ演武者であることが多いのです。
でも、受けの人の技の切れが去年より鋭くなっていて、演武のクオリティは上がっています。
日頃の修練のたまものでしょう。
静から動、鮮やかに動きを切り返し、相手の刀を受け流して切り込む技が多いのは卜傳流剣術(ぼくでんりゅうけんじゅつ)。
横の男性がやたらに咳をするので、集中力が切れそうになりますが、ここはがんばりどころ。
尾張貫流槍術(おわりかんりゅうそうじゅつ)は、剣道の面と胴をつけた若者がたくさん登場。
二手に分かれて激しい槍の突き合いを披露した後、烏帽子陣羽織姿の男性が二人、刀で打ち込みの演武。指揮官らしき金色の鎧武者が三尺刀の型を見せる。
凝った演出です。
活法や骨継ぎの技術を持つ天神真楊流柔術(てんじんしんようりゅうじゅうじゅつ)。
首を絞める、腕を極めるなどの関節技が多く、捨て身技も多い激しい動きの流派です。
和道流柔術拳法(わどうりゅうじゅうじゅつけんぽう)は空手と関節技を6:4ぐらいの比率で使う流派。相手の足元に入り込む。合気道の「二教」のような関節技、飛び上がって相手の攻撃を避ける俊敏さも持っています。
杖を左右対称に使い、巧みに敵を追い詰める神道夢想流杖術(しんどうむそうりゅうようじゅつ)。
槍で相手を石突で突く、槍の穂先で袈裟切りにするなど、槍の「突く」イメージとはかけはなれた俊敏な演武をみせる荒木流軍用小具足(あらきりゅうぐんようこぐそく)。
『柔術(体術)は全ての武術(獲物)の母である』と、自分の手足のように自在に短刀を操る澁川流柔術(しぶかわりゅうじゅうじゅつ)。
横の男性、かなり具合悪そう。
うかつに救急車を呼ぶと、注意力がそがれる。
演武者は真剣を使う流派が多いので、集中できなくなると本人がけがをする恐れもあり、救急車を呼ばずに様子を見ることに。
鹿島神傳直心影流剣術(かしましんでんじきしんかげりゅうけんじゅつ)は船の櫂に似た巨大な鍛錬棒での稽古の紹介。
遠い間合いから走り寄ってきて相手と刀を打ち合わせながら、相手を蹴る。
この「打ち合い中に相手を蹴る」という動作は、バランスが崩れたら相手に斬られかねない。難しい技術なのですが、今回の演武会では時々見られます。
どことなく合気道的な雰囲気のある氣楽流柔術(きらくりゅうじゅうじゅつ)は、地を這うような低い構えで杖を使う流派。
突き技や蹴り技だけでなく、投げ技や絞め技もある実践的な古流、糸州流空手(いとすりゅうからて)
「突けば槍薙げば薙刀 引けば鎌 とにもかくにも はずれあらまし」と歌われる宝蔵院流高田派槍術(ほうぞういんりゅうたかだはそうじゅつ)。
稽古道具の素材の木を確保するために、自ら植樹をはじめたと新聞で紹介されていました。
一方が素槍、一方が十字槍で槍を合わせたまま切っ先を回してさばく技が多い流派。
柳生新陰流兵法剣術(やぎゅうしんかげりゅうへいほうけんじゅつ)は、赤い袋竹刀をつけて、防具をつけずに遠慮なく打ち合う演武。
切っ先を何度か合わせて間合いを取り、遠慮なく打ち合っているようでも緻密に間合いを計算している木刀の演武。
「袋竹刀か」とつぶやいたら、横の男性も「袋竹刀か」とつぶやきました。
話してみると気が合いそうな人ですが、なにしろ発熱伝染性呼吸器疾患の持ち主。残念ですね。
引き倒す、つかむ、投げる。堅い力強い動きの為我流派勝新流柔術(いがりゅうはかつしんりゅうじゅうじゅつ)。
藁でできた巨大なグローブ「鬼籠手」に遠慮なく打ちかかっていく小野派一刀流剣術(おのはいっとうりゅうけんじゅつ)は、木刀を剣に変えても力で押す動きが変わらない。
演武納めは森重流砲術(もりしげりゅうほうじゅつ)。
火薬を使うため、消火器を持った係員が演武者の周りに待機。
物々しい雰囲気の中で、陣羽織姿の男性が出す「火ぶたを切れ、放て!」の号令で、5人の砲兵が次々に弾を発射。
すさまじい轟音と火花、立ちのぼる白い煙と火薬のにおいの中で、弾が発射され続けます。
明治に近いころの銃らしく、弾を込めてから撃つのがものすごく早い。
演武会を見はじめた頃は、どの流派がいつの年代の発祥かわからなかったんですが、最近は剣の太さや動きで、江戸時代より前、江戸時代中期、江戸末期の区別ができるようになりました。
やっぱり、物事は続けてみるものですね。
各流派、写真や動画を意識しているのか、年々衣装が派手になり、動きも素人目にわかりやすく見せる工夫をしているようです。
目を楽しませるという意味では、地味より派手な方がいいですけど。
気がつくと、発熱伝染性呼吸器疾患の男性は姿を消していました。無事に帰れたのかな。
さて、私も大阪へ帰りますか。
来年もこれるといいなあと思ってたのですが……
去年の年末に、日本武道館から第40回日本古武道演武大会の招待状が届きました。
もちろん出かけますよ。楽しみです。
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