風呂とトイレのリフォーム中のこと。
「工事中、お風呂、どうしよう。とりあえずスポーツ施設行ってシャワー使うかね」
「近所に銭湯行ってきたらええやんか。あそこのサウナは、なかなかええで」
夫が週に1度行く銭湯です。
「銭湯ねえ……映画や漫画に出てくる「男湯」と「女湯」の暖簾があって、番台があるやつ」
「風呂屋へ行ったことないんか?」
「昭和後半の生まれで申し訳ないけど、家に風呂があったよ」
『日本キッチン・バス工業会』サイトによると、昭和40年に日本キッチン・バス工業会が発足。
高度経済成長とともに一般家庭に内風呂が普及したとあります。
やっぱり、生まれた時には家に風呂があったな。
時々銭湯の前を通ったことがあるけれど。
「家にお風呂があるでしょう」と言われて、行かせてもらえなかったので、いまだにあれは謎の空間。
「銭湯って、風呂上りに浴衣に着替えたら、豪華な料理が出てくるわけじゃないらしい」
「銭湯は温泉と違う」
「風呂に入って、きれいさっぱりしたところで、また帰り道で埃まみれになるわけでしょう。意味がわからない。それに銭湯には他に人間がいるんだよね」
「風呂屋に人がいるのは当たり前やないか。わけわからんこというとらんと、自転車で行けるから、はよ行ってこい。俺は夜行く。3時間後にはリフォーム業者が打ち合わせに来よる」
なんだかわからないうちに、銭湯に行くことに。
まずはサイトで情報収集。
露天風呂、乾燥サウナ、遠赤外線サウナ、スチームサウナ、水風呂、超音波風呂、気泡風呂、電気風呂、塩風呂と、妙にサウナが充実していて、エステとマッサージがあって、たこ焼きが名物。
……これが今時の銭湯なのか?
出かけてみると、たこ焼きの大きな看板と「ゆ」の暖簾。
庶民的な大阪らしい銭湯です。
「銭湯の入り方」は調査済み。
暖簾をくぐると……番台に座っていたおばあさんが驚いたような顔をしました。
「驚かれる」という反応は予想外。
「怪しい女性」と思われたのかな。
「すみません。銭湯が初めてなので……」
「そうかい。大丈夫だよ。何かあったら声をかけてね」
……「何か」って何?
そう言われると逆に不安になります。
2階に露天風呂があるらしいけど、まずは1階の主浴場へ。
昔の映画に出てくるような古びたロッカーに扇風機、床に敷いてあるのは簾のようなもの。
まだ4時だから、予想通り客は少なく、私より年上の人ばかり。
風呂は思ったより広いですが、壁に「カランはゆずりあって使いましょう」とか「立ったままかけ湯しないように」とか「人に迷惑をかけないようにしましょう」とか貼り紙があるところをみると、今は平和にお湯につかっている人々だけになっているけれど、かつてカランを奪い合ったり、立ったままかけ湯をしたりして人に迷惑をかけた者がいたらしい。
……不利だなあ。
丸腰というか丸裸で、手元にあるのはタオルと洗面器では無防備すぎる。
出入り口が1か所しかなく、コンクリートの浴槽や柱が多いので間合いがとりにくい。
床は濡れていてすべりやすい。
濡れタオルは凶器になるけど、使いこなせる自信がない。
周囲の人の動きを警戒しながらも、作法通り体を洗って、いよいよ入浴です。
お風呂は浅い風呂と深い風呂、電気風呂は「心臓の悪い方はご遠慮ください」という注意書きがあるのでパス。
酸性泉や硫黄泉など、お湯に鉱物質の成分が多く含まれていると、肌がかぶれたりするけれども、ここは人工炭酸泉なので安心。
浅い風呂についていたジャグジーは気持ちよかったので、「家の風呂につければよかった」と、ちょっと後悔。
リフォーム中の風呂は、浴室兼洗濯室なので換気を強化しているけれども、ミストサウナやジャグジーなどの流行りの機能はつけませんでした。
故障すれば修理費が高くつくからです。
客は常連らしく、みんな顔見知りで、なぜか医者と病気の話題ばかり。
ガンや入れ歯や関節痛の話を聞きながら、お湯につかることになるとは思いませんでした。
サウナと2階の露天風呂に興味あったけど、「業者が来る」と思うと落ち着かなくて。
これはまたの機会に入ることにして、服を着て外に出ました。
番台の横にある食堂は、名物のたこ焼きの他にラーメンやカレーなどの軽食もある。
夫が風呂屋に行くと、なかなか帰ってこないのは、ここでくつろいでいるからでしょう。
今度たこ焼きを夫に買ってきてもらうとして、銭湯に来た記念に何か飲んで帰ろう。
冷蔵庫にはビールや温泉ラムネ、冷やしあめ、みかん水といった大昔に屋台で売っていた飲み物があります。
温泉ラムネを買ったはいいけど、うまく開けられません。
苦戦していると、ビールを飲んでいたおじいさんが突然立ち上がり、つかつかと寄ってきました。
「開けてやるから。貸してみ」
ぽん、っと音をたててラムネの瓶を開けてくれました。
勢いよくラムネが吹き上がり、こぼれたところを、すかさず番台のおばあさんが拭く。
「ゆっくりしていきなさいよ」
そうしたいんですが、30分後にはリフォーム業者が家に来ます。
大慌てでラムネを飲み、「また来てね」と、にこやかに番台のおばあさんに送り出されて家に帰ってきましたが。
「どうやった」
「すごい疲れた。家で風呂に入りたい気分」
「風呂屋から帰ってきて、いきなりそんなこと言うな」
たぶん、慣れると我が家のような居心地になるのでしょう。
不思議な空間でした。
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2017年04月28日
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