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2018年06月22日

地震と安心

大阪市・豊中市・吹田市・高槻市・守口市・枚方市・茨木市・寝屋川市・箕面市・摂津市・四條畷市・交野市・三島郡島本町 (内閣府防災担当 平成30年6月18日付『平成30年大阪府北部を震源とする地震にかかる災害救助法の適用について』)

このたびの大阪北部地震で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

私の住む豊中市は、23年前の阪神・淡路大震災で大阪府唯一の災害救助法適用を受けた街。
今回も災害救助法の適用を受けて、さまざまな場所で復旧作業がはじまっています。

この地震の直後、私は自宅にいなかったのですが、やはり気になったのが家のこと。
1995年の阪神・淡路大震災の時は、横に揺れた今回の地震と違い、強い縦揺れだったので、数十キロあるブラウン管型テレビが垂直に飛び上がり、テレビボードから次々に酒の瓶や本が飛び出し、タンスは倒れ、台所は割れた食器で瓦礫の山に。
でも、建物自体の被害がほとんどなかったため、なんの補償もありませんでした。

また家の中がめちゃめちゃになっていたら、どうしようかな。
心配しながら帰宅すると……

収納家具のほとんどはキャスターつき。
地震の揺れで、家具ごとに床の上を動いたらしく、位置がずれているけれども、扉のおかげで中身が床に飛び散っていません。
テーブルの皿や、観葉植物の鉢が床に落ちて割れていた程度。
23年前より、かなりマシな状況。

マンションを買う時に、地盤が頑丈な土地を選び、地震で倒れても危なくないよう、低く軽い家具に買い替え、高い位置に物を置かない収納にしていたことが幸いしました。

そして地震があった3日後、『地震保険自動継続のお知らせ』が届いたので内容を確認。
少し安心しました。

地震保険制度が発足したのは1966年。
半壊した家屋が多かった1978年の宮城県沖地震を契機に、半損担保を導入(1980年)。
一部損壊した家屋が多かった1987年の千葉県東方沖地震・1989年の伊豆半島沖群発地震を契機に、一部損担保を導入(1991年)。

1995年の阪神・淡路大震災。
家財が深刻な被害だったのに、建物の損傷がない、あるいは軽かったために、十分な地震保険金が支払われない。
加入限度額が低く、被災者の生活再建に十分な保険金がおりないことが社会問題になりました。

そこで1996年の改定は、家財の損害認定基準の変更と、加入限度額の引き上げ。
2001年に「建築年割引」と「耐震等級割引」を導入。

2007年に「確率論的地震動予測地図」を基準に地震の被害を予測する制度になり、「免震建築物割引」、「耐震診断割引」が追加されて、地震保険の内容が、どんどん細かくなっていきます。

2011年の東日本大震災。あまりにも広範囲で甚大な被害による保険金支払いは、民間損保会社の手に負えないレベルになりました。
2014年、政府と民間損保会社の負担割合が見直され、「免震建築物割引」、「耐震等級割引(耐震等級2・3)」の割引率拡大。
2017年には損害区分が「全損」「半損」「一部損」の3分類から、「全損」「大半損」「小半損」「一部損」の4分類になりました。

今回の地震が2019年の地震保険の改定にどう影響するかわかりませんが、気になる方は、地震保険の仕組みや歴史が、とてもわかりやすくまとめられている『一般社団法人日本損害保険協会・一般社団法人外国損害保険協会』のサイトをご覧ください。

大阪北部地震で被災された皆様が、一日も早く安心できる日々がくるよう祈っています。

posted by ゆか at 17:49| Comment(0) | お金のこと | 更新情報をチェックする
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