「合気会は一番大きい団体やから、市のスポーツ教室やってるのは、ほとんど合気会の人間や。とりあえず、スポーツ教室で腕慣らしして、それから、しかるべき師範を探せ。道場で本格的にやらんと、丹田呼吸法を習得でけへんぞ」
最初にスポーツ教室に参加した時……稽古の時間前に、なごやかなムードで柔軟体操や受身の練習をしている人の中に、実戦経験者が混ざっていることに気がつきました。
私の子供の頃は「健全な肉体に健全な精神が宿る」という迷信の時代。
「喘息の子供は心が弱く、ダメな子」という根拠なき常識がまかりとおっていて、私にとって学校は喧嘩の絶えない『戦場』でした。
2歳に喘息を発病した時の「この子は二十歳までもたないだろう」という医者の言葉と、実際に悪化する一方の喘息。
「学校に殺されるような死にざまは納得いかない」の一念で、独学で護身術を勉強し、学校で実践する日々でした。
並外れた反射神経と、殺人鬼の形相で笑いながら人を殴る悪癖、相手が恐怖で戦意を失うまで徹底的に攻撃を繰り返す執念深さで、非常に恐れられていました。
でも、自分から攻撃したことは一度もなく、今もそれは変わりません。
私の経験では、喧嘩の場数を踏んでいる人間は、独特の殺気をまとっていることが多く、そういう人間ほど、一見攻撃的ではないものです。
実戦経験者がいることに、私が気づいたということは、むこうも気づいたんだろうな……と思っていると……「何か、武道や格闘技の経験はおありですか?」
いきなり、袴をはいた若い男性が訊いてきました。
ジャージ姿の女性の初心者に言うセリフじゃないと思うんですが。
「我流で実戦経験多数です」と正直に答えたら「女のくせになんて危ないやつなんだ。こいつと組み手するのはよそう」ということになったら困るので、「別に……」と曖昧に返事をしておきました。
ところが、組み手(合気道の稽古は二人一組で、技をかける方と技をかけられる方が交代しながら練習します)をした、有段者が全員同じ質問をするのです。
これには困りました。
「どんな武道でも、初心者が10人いても、段まで上がれるのは1人か2人や。合気会の有段者は、たぶん、最初から、お前を段取る人間とみなして、他の人間より厳しくするやろう。そこは覚悟しとけ。見込みのない者は叱られへん」
夫の予告通り、稽古は大変厳しいことになりました。
「君は子供の頃、右足に大ケガをしてるね。左右の動きがすごくアンバランスだ。まず左足を軸に右回りの練習。これが完全にできるようになるまで、八方(合気道の基礎の足さばき)の稽古を禁止する」と60代の有段者。
確かに、私は交通事故で右足を骨折して、極端に左利きの動きをするのは、自分でも気になっていたんですが……夫の指導で半年家で練習して、やっと八方ができるようになりました。
「あなたは今、技を覚えてる場合じゃないでしょう。安全に後ろ受身をとれなければ、自分がケガをするし、技かける方も完全に技をかけることができないから、お互いのためにならないのよ。後ろ受身の取れない者に、組み手する資格はない!」と言い放つ女性有段者。
最初の半年、他の初心者がなんとなく技を覚えていってるのに、私一人が足さばきや受身の練習ばかりするはめになって、かなりあせりました。
夫から「合気会の有段者は、おそらく最初の半年、技を教えへん。ただし1年たったら、基礎の動きが自分のもんになるから、お前は大化けする」と聞かされていても、やっぱりつらかったです。
そんな時、一人の年配の有段者と組み手をしました。
この時の技は「正面突き籠手返し」、相手が突いてくる拳をかわして関節技をかけるもの。
私が夫に護身用に教わった大東流の実戦用の突きを、相手はひょいと拳で払って、逆に突いてきたのです。
私も相手の拳を平拳で払って、突きを入れ……なぜか突きの応酬になり、しかも段々速度が早くなる。
でも、相手からは喧嘩にありがちな悪意が感じられず……余裕を残して、こちらの反射神経の限界を見極めようとしている感じで……いわゆる「武道の手合わせ」は、こういうものかと感心しました。
組み手が終わった後、「すみませんでした」と謝ると、意外な言葉が返ってきました。
「いや、大変殺気があってよろしい。君はまず、基礎を徹底的に練習して、我流の癖を直しなさい。それから段を目指したって遅くない。むしろ、その方が、中途半端に技を覚えて途中でつまづくより、上達が早いよ」
この人は6段。若い頃に空手で何人もの相手を病院送りにした猛者だったそうです。
スポーツ教室で、有段者たちに厳しく、そして暖かい指導を受けながら1年。
いよいよ道場探しです。
……次回に続く……
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