そのころの私は、スポーツ教室で1年近く合気道を続けていましたが、まだ道場に正式に入会したわけでもないのに、いきなり昇級審査見学というのも……
スポーツ教室では、道場長の師範は開講式だけに来て、後はスポーツ教室の師範が50人ほどの生徒を指導していく形式になっていました。
道場の門下生だけでなく、初心者や他の道場の門下生も参加しているスポーツ教室では、色々難しい問題もあるのでしょう。
いつも大勢の有段者が道場長の師範を取り囲んでいて、初心者には近づきにくく、道場に入会しようにも、師範がどんな人なのかが全然わからないのです。
夫の話によると、昇級審査を受ける人は、緊張のあまり、普段やり慣れた技でさえ、審査中に間違えるものらしいし……ここは、こっそり窓からのぞく方がいいかも。
ところが、門をくぐったところで、クラクションが鳴り、1台の車が入ってきました。
乗っていたのはスポーツ教室の師範。
「おお、昇級審査見に来てくれたんか。道着持ってくりゃよかったのに」
突然そう言われてとまどいました。まだ入会していないのに、道場で稽古するなんて、思いもよらなかったのです。
道場に「体験入会」があったのは、後で知りました。
建物を教えてもらい、道場に行く途中に、美しく整えられた和式の庭がありました。
鯉の泳ぐ池と、池にはり出した大きな松の枝ぶりを生かした庭で、桜や紅葉、紫陽花や梔子などの季節の花や木の配置のバランスもいい。
かなり腕のいい庭師を抱えているようです。
この建物の持ち主である道場長の師範は、器の大きな人かもしれない。そんな気がしました。
道場につくと、なぜか上座に案内されて、座布団をすすめられるという変なことになりました。
外からこっそりのぞくつもりだったのに。
昇級審査は大勢の有段者も参加して、まず、全員で稽古、昇級審査、最後に全員で稽古という形式で、思ったよりリラックスした感じでした。
喘息が起きるかもと、心配していたほど埃もたたないし、なんとか稽古できそうです。
家に帰ると夫が炒飯を作って待っていました。
「道場、どうやった?」
「庭がよかった」
「あほ! 何しに行っとるんや! 京都のお寺見に行ってるんとちゃうんやぞ」
夫に思いきり怒られました。
「道場に! 昇級審査見に! 行ったんやろ!」
「そうなんやけど……審査する人が、どこを見て、落ちるとか受かるとか決めてるのか、よくわからんし」
「初心者じゃ、それはしゃあないわ。師範は?」
「奥が深いというのか、油断ならないというのか、よくわからん人やわ。でも、たぶん、私にむかって、いきなり「右向け右」とか命令したりしない人だと思う」
「まあ、畏れ多いところがないと、師とは言えんからな」
「たぶん、いずれ、あの道場に行くと思う」
「それはええけど、お前、ちゃんと稽古しろよ。道場行って、庭ながめて、そのまま帰ってきたらあかんぞ。俺、なんか心配やわ」
それから半年近くたって、道場に入会して、私は正式に合気会の会員になりました。
初めて道場で組み手をしてくれた、女性有段者の言葉は今も忘れません。
「私は他の道場から移ってきましたが、ここはとても自由な道場で、『自分の合気道』を自由に追求することができます。いきなり、ここへ入ってきたあなたは、すごくラッキーな人ですよ」
ただ『初段を取って喘息を軽くする丹田呼吸法を習得する』という目的だけで、稽古を続けていた私は「自分の合気道とは何なのか」なんて、考えてもみなかったからです。
その後3年。私は今年の春の昇級審査で1級に合格し、いよいよ初段が射程距離に入ってきました。
丹田呼吸法はまだ完全に習得できてはいないけれど、喘息はだいぶ軽くなり、仕事にも復帰できました。
でも、いまだに『自分の合気道』とは、どういうものなのか、答えは出ないまま。
今も茶帯に袴姿で初心者を教えながら、「私の合気道とは何か?」模索しているところです。
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