文系人間の私は、ウイルスは細菌の一種と考えていたからだ。
著者は分子生物学を専攻する青山学院大学教授。
長年「生命の謎」を追ってきた人だ。
20世紀の生命科学が、到達した結論は「生命とは自己複製するシステム」だった。
でも、この定義では説明がつかないことがある。
その一つが、ウイルスの存在。
著者は、ウイルスを「生物」とは認めない。
ウイルスは自己複製するが、栄養摂取、呼吸、二酸化炭素や老廃物排出もせず、精製すれば結晶化するから……
ふうん。そうなのか。では、ウイルスとは、いったい何者なのか?
その答えはまだ出ていない。
この本は、生命科学の歴史、科学者たちの野心と熱意、著者の経歴も織り混ぜながら、川面を渡る風のような速度で話が進む。
著者の情熱がそのまま乗り移ったかのようだ。
それにしても、文章中にちりばめられた詩的で美しい表現。
理系の人は侮れない。
私は、「自分の文章は、ただ形容詞の端々をひねり回しているだけかも」と反省したりする。
ところで、現在、遺伝子情報が解明され、遺伝子改変動物が作られている。
その一つが、膵臓が働かないよう遺伝子操作したマウス「ノックアウト・マウス」。
ところが、誕生したノックアウト・マウスの膵臓の機能は、健康なマウスと同じだった。
他の細胞が、何らかの力で膵臓機能の欠落を埋めた。
……生命は「蛋白質の精密なジグソーパズル」ではないらしい。
時間の流れの中で、絶えず蛋白質などの分子が入れ替わり、しかも同じ機能と姿形を維持している。
動的均衡状態……
著者は「生命」を、そう定義しようとしている。
しかし、それが決定的な「正解」であるかはわからない。
「生命とは何か」……その答えは、漆黒の闇にまたたく星のように、いまだ私たちの手の届かぬところにある。
『生物と無生物のあいだ』 福岡伸一 著 講談社現代新書
ラベル:ウイルス
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