心眼……心の目。
相手の動きを読み、先手を打つために、武道家にとって、必須の能力。
特に剣術の世界では非常に重視されていて、宮本武蔵も『五輪書(後編)』で、心眼の重要性について説いていますが、その能力や、具体的な訓練法などは謎に包まれています。
今から17年前……夫と知り合って、しばらくした頃、突然、不思議な質問をされました。
「なんで、お前、心眼が開いてるねん?」
「私って、心眼が開いてるの?」
「なにっ! お前、自覚ないんか!!」
夫は心底驚いた表情でした。
「……よう考えたら、心眼が開いたような動きはしとるのに、目で相手見てるようには思えん……まさか、相手の動きを読み取ってるんか?」
「その辺は、よくわからん。子供の頃、後ろから石を投げられても、絶対に当たらなかった。道歩いてたら、急に頭がガクンと下がって、頭の上を石が通り過ぎていったんや。「あいつ、背中に目がある」って、気味悪がられたけど。石よけれるから、まあいいや。遠くの敵は、グレーの塊にしか感じとれないけど。位置さえわかってたら、なんとかなるし」
「……いうことは、やっぱり目では見とらんわけやな。……まれに、観の目だけ開いた人間がおるとは聞いとったが、実物に会うとはな……」
夫は、なにやら、しきりに感心していましたが。……
話は戻って、心眼のこと。
心眼は剣術の柳生流では大変重視されていて、「柳生心眼流」という流派があるほど。
そこで、合気道の茶帯で、柳生新陰流の使い手でもある幻之介さん(『帰還(前編)』などで活躍)に、「心眼の磨き方」についてメールで質問してみました。
『宮本武蔵の「五輪書」を読まれたことはおありでしょうか? 水之巻の中に「観見の目付」ということが書かれております。「見の目」とは、物理的に見ることに相当します。日常生活で我々がごく普通に必要とする視覚のことです。「観の目」とは、難しいですが、ただ物理的に見るのではなく、截相(きりあい)における様々な情報、相手の意図や心の動き、状態ですとか、場の情報など、「見えざるところ」を感知する働き、ということになるでしょうか。 相手の剣の動きだけを視覚的に捉えているのみでは、こちらの働きはすべて相手に動かされていることになりますので、当流においても「観の目」をたいへん重視いたします。これが非常に狭い意味での、截相(きりあい)における所謂「心眼」に相当するでしょうか』
……私達の師範が強調される、「相手の手や目を見ない、相手の姿全体を見て、相手の次の動きを悟る」と同じことです。
『ただ、「見」なくして「観」がないのも事実です。難しいのは、この「見」と「観」の間には、はっきりした境はないということです。 斬り込んでくる相手の剣を見ずしては斬られてしまいます。しかし斬ってくる相手の両拳に目を付けて、そこを一太刀で断ち切ることが出来ればこちらは斬られることはありません。この時、相手の剣を見るのは「見の目」であり、両拳を見るのは「観の目」です。さて、相手の両拳を一太刀で斬るためには、斬り込んでくる相手の太刀筋や拍子、身の位など、相手の剣も含めた体全体から情報を充分に読み取らなくてはなりません。これらを読むのは「観の目」であり、これに較べると両拳を見るだけの目は「見の目」であるとも言えます』
……???
『そう、もうお気付きのことと思いますが、剣術においてもこれらはやはり修練による他はありません。まずは見るべきところをしっかり捉えられる様稽古を重ね、それをだんだんと拡げ、更には多くの情報を統合し判断することができるよう、積み重ねていくしかないでしょう。そして、一瞬の内に相手のすべてを見て取ることが出来る、更には動かざるうちに相手の技量が正しく読み取れる、などといったレベルに達した時、それは兵法的には「心眼」を得た・・・・とは言えないでしょうか』
……うーむ。難しそうだなあ。
つまり、大雑把に言うと「相手の手の動きを見れば、相手の次の動きが予測できる」?
「見の目」とは動体視力?
そこで、リビングでテレビを見ていた夫(空手四段剣道三段少林寺拳法三段大東流合気柔術二段柔道初段)に質問してみました。
「心眼って、どうしたら磨けるのかな? 柳生新陰流の人は「敵の手の動きで、敵の次の動きが予測できる」と言うけど。結局、見の目……心眼は動体視力なの?」
「心眼が動体視力いうのは、ある意味正しいけど、心眼はそれだけやない。見の目の心眼は、鍛えたら、誰でもある程度のところまでいけるねん。そやけど、その先の領域となると、素質がからむからなあ……」
夫は、そう言って言葉をにごしました。
「柳生流の人の言う通りや。剣術、剣道、空手なんかでもそうやけど、相手の考えている次の手は、手の甲、そして眼球の動きに現われる。だから、剣道の人が構えてから、よく竹刀を振るのは、相手の自分の手を読ませんように、フェイントかけとるんや」
剣道で相手と立ち会った時、竹刀の先を回すのは、そういう意味だったのですね。
「空手では、相手の目の下を見るように言われたな。相手が攻撃する前に、黒目がその方向に動くからや、目の下見るんや。目の下の方が、目玉そのもの見るより、全体の動きをつかみやすいからや。……たぶん、お前でも、できる」
「嘘やろ」
その時、私はリビングのテーブルをはさんで、夫の真向かいにいました。
「そんなら、俺の目の下見ててみ」
半信半疑で、夫の目の下を見ました。夫の黒目が目の中心から、わずかに右に動き、それから左斜め下にひょいと動いた瞬間、バネがはじけたように、私の体は、座っていたビーズクッションを跳ね飛ばし、右斜め後ろに飛んだのです。
何が起こったかわからぬまま、私は自分の左手の甲をさすりました。
手の甲に残るぴりぴりとした痛み。
目に見えない強力な殺気の塊が、すさまじい速度で、私の左手の甲をかすめて通り過ぎて行ったのです。
もし、右に飛びのかなければ、殺気の塊が、手の甲にまともに当たっていたでしょう。
「……ほほう。さすがに、直撃はかわしたか」
夫は、にやりと笑いました。
……次回に続く……
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勉強に成ります。
次回、楽しみです。