「はっきり言って、今回の昇段難しいと思うわ」
……審査前の後稽古につきあってくださった、2段の若者は厳しい表情。
「肘が胴から離れる癖ついてるからなあ。その癖なおさんと、昇段できへんで」
彼は、忙しいカーディーラーの仕事の合間に時間を作って、熱心に稽古に通っている人。
「木剣持って説明しよか。その方がわかりやすいわ」
彼は、木剣を二振り、壁の刀掛けから取り、そのうちの一本を私に差し出しました。
「ちょっと構えてみて」
言われるままに、私は木剣を構えました……が。
「こらこら、左で構えちゃいかんよ。剣は右が基本や」
今まで、あまり道場で木剣(木刀)を振ったことがないので、うっかり利き手の左で木剣を構えてしまったのです。
私は木剣を右に構えなおし。
「振り下ろしてみて」
言われた通りに、木剣をまっすぐに振り下ろしてみましたが……。
彼は苦い顔。
「……あかんなあ。腰引けてるし、脇あいてるし。肘開いてるし。茶巾絞りできてないし……悪いこと言わんから、来年の春をめざして、素振りからやった方がいいで」
合気道は剣の動きを元に作られた武道なので、素振りが、きちんとできないのは致命傷。
私は落ち込みました。
……肘が外に開く……
そういえば、前にも同じことを言われました。
「座呼吸投げは問題ないと思います。問題は、受け(技をかけられる側)で、どの程度体力を消耗するかですね。あと、正面打ち(手刀で相手の面を打つ動作)の時、肘が脇から離れて外に開く癖があるのですが……。ある意味、それは習性のようなものですし……」
夏にスポーツ教室で、昇段審査に必ず出る技、座技呼吸投げの特訓をしてくださった、僧侶の有段者(『座技と膝行』(後編)に登場)も不安そうでした。
肘が外に開く、肘が胴から離れる……
相手の拳を平拳で受け流して、すかさず逆の拳で迎撃するために。
肘打ちがしやすいように……。
子供の頃から「殴る蹴る」の機会が多かった私は、無意識に空手に近い動きをするのです。
これに対し、合気道では、相手の攻撃を避けるために、一瞬で相手の側面(死角)に入り、そこから技を展開するので、肘が胴から、あまり離れないのでしょう。
しかし……昇段審査まで、あと半月。その癖をなおせるか……
できるだけ稽古に通い、家では基礎の足さばき「体の転換」「八方」「四方斬り」、短いモップを使って杖の十三型の稽古。
腹筋などの軽いストレッチ……
努力してきたのですが、こんなことでつまづくとは。
白紙の状態で、合気道に出会わなかったことが悔やまれます。
困り果てた私は、夫(武道13段。空手と剣道の指導員経験あり)に、「手刀を打ち下ろす時、肘が開かないようにするには、どうしたらいいのかな」と訊いてみました。
夫は、私を台所に連れていき、木刀代わりにラップの芯を持たせました。
「背筋をのばして、丹田に力を入れて構えてみ。ゆっくりでええから、ラップを雑巾絞るようにねじりながら振り下ろしてみ。剣の切っ先は、ちゃんとイメージせなあかんで」
夫の言う通りに動くと、不思議なことに、両肘が自然に体の内側に入りました。
「茶巾絞り(両手で剣の柄ををねじる動作。剣の切っ先に力がこもる)で、剣振り下ろしたら、勝手に肘は内側に入る。人間の体は、そうできてるねん。その感覚で手刀を振り下ろしたらええねん。肘の位置より、指先意識することや。とりあえず肘だけなら、一週間でなおせるやろ。そやけど、これからは、素振りもせなあかんで。武道の基本やからな」
夫は穏やかな表情で言いました。
「俺は、肘より、コンディションの方が心配や。最近寒うなったから、お前、夜中に咳しとること多いやろ。審査当日体調悪かったら、実力発揮できんからな」
確かに、審査は10月……雨が多く、寒暖の差が激しくなるこの季節は、喘息が悪化し、もっとも多く喘息死者が出る「魔の月」。
……夫の心配もわかります。
その後、毎日台所で、ラップの芯を使って、素振りの稽古を続けました。
夫の言う通り、一週間後には、手刀を振り上げる時に、肘を開かない動きができるようになりました。
さて、審査まで、あと一週間……迷った末、直接師範に昇段審査受験を願い出ることに。
稽古の後、師範のおられる道場の奥の部屋にむかおうとすると、廊下で「親分、昇段審査の許可いただきに行くんですか?」と声をかけられました。
声の主は、英信流居合の使い手、初段の若者(『帰還』(前編)などで活躍)。
「やっぱり、決着はつけないとね。どきどきするけど」
私が歩きだすと、なぜか彼も私の後をついてきます。
「なんでついてくるねん」
「いや、僕も師範に用事があるからですよ。ついでに、ちゃんと親分(なぜか彼は私をそう呼ぶ)が、師範に受験を願い出るか見届けないと」
「願い出て、玉砕するのを?」
「親分、そりゃ考えすぎですよ」
にやにやしながら、彼は私の後に続きます。
なんだか切腹の介錯をされるような心境。
道場の奥の部屋で、師範は大きな木の机にむかわれていました。
昇級審査の申し込みをする白帯や茶帯の若者たちが5人ほど、並んで順番を待っています。
「あっ、いよいよ初段申し込まれるんですか?」
茶帯のかめこさん(『初心者』(後編)にコメントあり)が、声をかけてきました。
「とりあえず、お伺いにきたんだよ。初段は師範の許可がなければ、受けれんやんか。そもそも、許可出るんかね。……今回も「待った」がかかったら、もう立ち直れん気がする」
「何をおっしゃいますやら。十分に実力あるじゃないですか」
そんな話をしているうちに、私の番になりました。
「……えーっと……こ、今回の昇段審査、う、受けてもよろしいでしょうか……」
私が緊張しながら、審査受験を願い出ると……。
「ああ、いいですよ」
あっさりと師範は答え、「がんばってください」と審査申し込み用紙をくださいました。
あまりに簡単に許可がおりたので、拍子抜けした気分。
道場に戻ると、かめこさんが待っていました。
「昇段審査、許可出たんですか?」
「うん。一応は出た」
「やったぁ!」
いあわせた若者たちも大喜び。
昇段が決まったかのような騒ぎに、私はとまどいました。
私の所属道場では、昇段審査を受験できるのは、規定の稽古日数を満たした上で、「昇段に見合う実力がある」と師範が判断した人だけ。
でも、審査ルールが変わり、技が難しくなったので、審査を受けて落ちる可能性もあるわけで。
とにかく、がんばるしかない……。
……次回に続く……
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2007年11月17日
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