いよいよ、昇段審査当日です。
「気をつけて行けよ。お前、昨日の晩、かなり咳しとったからな。あんまり無茶すなよ」
夫に見送られて、私は道場へ。
審査の相手は、柔道整復師の若者(『双輪』(前編)に登場)。
一緒に審査を受ける予定だった松さん(『古を鑑みる』(後編)にコメントあり)は、ケガで残念ながら受験見送り。
昇段審査独特の緊迫した空気が、道場に張りつめる中、まず、正面に礼、道場長に礼、お互いに礼。
道場長代行が指定する技を、「止め!」の声がかかるまで、同じ技を受け(技をかけられる方)取り(技をかける方)交代で続けます。
最初が「立ち技正面打ち入り身投げ」。
私が先に取りになりましたが、なにしろ、相手の方が私より、はるかに重く大きい。投げるだけでも一苦労。
続いての技は「立ち技正面打ち一教〜四教」。
相手の手刀をさばいてかける関節技。彼も全力で、手加減なしで技をかけてくるので、手首の関節の痛みはかなりのもの。
さらに選択技。
「小手返し」「四方投げ」「回転投げ」などの指定技を、正面突き、正面打ち、横面打ち、肩取り、片手取り、両手取り……
さまざまな攻撃法の中から、自分で選んで演武するのですが、過去の審査では、この時、緊張のあまり技を失敗する受験者が多い。
「正面突き小手返し!」
私は、彼に伝わるように大声で叫びましたが、先に技をかける側で、緊張する上に、すでに喘息が出はじめていて、息苦しくて声がかすれてしまいました。
それでも、なんとか選択技が一通り終わったところで、同時に行なわれていた3段の杖取り技の審査のため、初段は演武を中断。
胸の痛みを抑えながら呼吸を整えていると、背中から頭に、青白い閃光が走り抜けました。
自己防御本能(私の体の意思)からの警告。
……手ニ負エナケレバ引キ受ケル……
「引キ受ケル」というのは、どんな手段を使ってでも、彼を戦闘不能にするという意味。
私にさえ、私の体の意思が、いざとなると何をするのかわからないのです。(『投げと受身』(後編)、『武道と子供たち』(前編)参照)。
はっきりしているのは、それが合気道の技ではないこと。
相手に悪意がある、または身に危険が迫った時、自己防御本能は、問答無用で私の意識を封じて、自在に体を操るのですが。
合気道の昇段審査の最中で、相手から悪意が感じられないので、わざわざ警告してきたのでしょう。
すでに汗はしたたり、頭はくらくらし、左肺に走る鈍い痛み。
肩から背中にかけてぴりぴりした冷たい痛みが重くのしかかる。
……ここで倒れるわけにいかない。負けるもんか!
「座技呼吸投げ! はじめ!」
道場長代行の声と同時に、私は意識を実戦モードに切り替えました。
実戦モードといっても、合気道の演武での反撃は禁じられています。
投げられた時のダメージを最小限にすることだけ考えて。
彼も自分の技量アピールとして、道場を所狭しと投げまくり、勢い余って場外の審査員席にまで、私を放り投げ、飛んできた私を審査員がよけたりする始末。
最後の「座技呼吸法」で、得意技を封じられた防戦一方の死闘のような初段審査は終了。
5級から3段までの審査が終わると、師範は厳しい顔で言われました。
「合気道は、相手との和合、明るくのびやかに、技をかけるものです」
そう言って、座技呼吸投げのお手本を見せてくださいました。その技の美しさ、ゆるぎない気品。……本当に情けなかった。
審査後、更衣室で喘息薬を飲んでいると、合気道歴30年の女性有段者がきました。
「お疲れさま。こんなにすさまじい初段の審査見たのは、ひさしぶりですよ。でも、女性相手に、あんな大きな若い男の人を組ませるって。無茶だわねえ」
本来は、体格差などを考慮して、演武の組み合わせを決めるそうなのですが、今回は、初段受験者が2人だけなので、これは仕方がありません。
更衣室を出ると、昇級審査を受けた茶帯の若者たちが近づいてきました。
「本当にお疲れさまでした」……しみじみとねぎらう幻之介さん(『心眼』(前編)で活躍)。
「初段って、体力勝負なんですね。俺、こんなんやれるかなあ」と不安そうなのは、茶髪の若者(現在は黒髪、(『杖と茶帯』(後編)に登場)。
「あがってましたね。「正面突き小手返し」の声、うわずってましたよ」と、にやにやするのは、かめこさんと久さん(ともに『初心者』(後編)にコメントあり)。
他にも、大勢の有段者の皆様から、「よくもちこたえましたね」「大丈夫ですか」「よくがんばった」「「必死でしたね。感動しました」と声をかけていただき、うれしかったです。
私は直属の指導者の道場長代行のところへ、挨拶に行きました。
「今回の審査では、大変お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした」
「いやいや。最初の入り身投げは、非常に気品があって美しかった」
「でも、後半の座技呼吸投げはメチャメチャで」
私がそう言うと、代行は苦笑い。
「……まあ、師範は普段の稽古ぶりも見ておられるからな」
代行は、そうおっしゃるものの……。
道場長の師範と、支部道場の6段(師範位)以上の高段者の方々が、「心技体」の3項目に点数をつけ、合否が決まるのですが……。
「平常心で平和的に相手を制する合気道」の審査の席上で、「負けるもんか!」で演武してしまって……たぶん「心」の得点はゼロ。
こりゃダメだ。落ちたな。
落ち込んで帰宅すると、夫は心配そうでした。
「審査、どうやった?」
「一応、やるだけのことはやったけど……それでも悔いが残るね」
「まあ、しゃあないわな。やるだけやったわけやろ」
その夜は猛烈な喘息発作。
夫に背中の気道を開くツボを押してもらいましたが……
1週間後、昇級昇段審査の結果が、道場の壁に張り出されました。
……見事初段合格。
その晩、リビングで夫にお茶を出して、やや興奮しつつ、初段合格を報告しました。
「昇段審査受かったよ!」
「……ふうん。そうか」
夫の意外に淡白な反応に、私はとまどいました。
「せっかく、初段取ったのに……もうちょっと、喜んでくれるかと思ったんやけど」
「あほ! 初段取ったからいうて、浮かれるな! まだスタートに立っただけやんか」
「そりゃ、13段の人から見たら、初段なんて、たいしたことないかもしれんけど……」
落胆した私は、「先に寝るわ」と襖を開けて、寝室へ行こうとした、その時……
「昇段おめでとう……」
夫の声が聞こえました。
ふりむくと、夫はソファベッドに座ってテレビを見つめたまま。
「……やれやれ……」
私は苦笑して寝室へ行きました。
「今後に期待する」意味合いが強い初段合格。
ますます稽古に励みたいと思います。
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2007年11月20日
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自分の昇段審査を思い出しました。
身体が熱くなりました。
ほんとに、良い刺激になります。
審査は団体でかなり違うのですね。
自分の団体はこんなに難しく無かったようなぁ。
武田惣角のことを調べていましたら、ここにたどりつきました。
加藤晴彦の「AIKI」もビデオで観たことがありましたが、当時は大東流であったことは知らず、合気道だと思っていました。
私自身は腰痛のため合気道の稽古は休止状態ですが、体が動くようになったら再開したいと思っています。DVDや本などで勉強していますが、体を動かす稽古が不足しており頭でっかちな状態です。
ご夫婦で武道関係とはうらやましいです。末永く続けられるとよいですね。