もう一つの質問、「短刀を後ろに隠して下から切り上げられた時に対応する技」……。これが難問。
というのは、私は6年間、合気道をやっていますが、このシチュエーションの技を見たことがないのです。
教本も何冊か読んでみましたが、その技が載っていません。
悩んだ末に、同門の人たちに訊いてみました。
『全日本で、時々短刀を切り上げるように使われる先生はおられますが、後ろに隠すというのは、見たことがありませんね。不自然じゃないですか?』
……柳生新陰流の使い手、幻之介さん(『心眼』(前編)で活躍)からのメール。
全日本……毎年5月に、東京の武道館で行なわれる「全日本合気道演武大会」のこと。
全国各地の道場から、有名な先生方が集まり、演武を披露される合気道最大のイベント。
私たちの師範も、毎年、演武大会の最後の方で演武されています。
『短刀で切り上げるのはともかく、合気道で、隠すのは見たことないです。時代劇の殺陣ではやってるけど』
……柔道整復師の初段の若者(『黒帯』(後編)に登場)からのメール。
『面白そうですね。今度の後稽古でやってみますか?』
……英信流居合の使い手、初段の若者(『抜刀術』(後編)などで活躍)からのメール。
……というわけで、後稽古で、短刀取りを研究してみることに。
「あの後、考えてみたんですが。親分、後ろに短刀隠すのは不自然ですよ」
「やっぱり、そう思う? 色々な人に訊いたけど、みんな、斬り上げるのはともかく、隠すのは不自然って言うよね」
彼に右手で短刀を持って、何度か斬り上げてもらい、短刀をよけて、彼に近づく間合いを確認。
まっすぐ近寄れば、短刀で斬られてしまいます。
でも、刃物を意識して、間合いが遠くなれば、彼の腕をとらえて技をかけることができません。
「なかなか難しいね」
考え込む私たちのところに、古武士のような風貌の年配の有段者(『帰還』(前編)に登場)がやってきました。
合気道3段で、実戦経験も多数ある方。
「なんだか面白いことやってるな」
「すみません。後ろに短刀を隠していて、斬り上げられた時の技を教えてください」
「なぜ、短刀を後ろに隠す? わざわざ居つかんでもいいのに……まあ、やってごらん」
彼が、短刀を振り上げるやいなや、有段者は、一瞬で、彼の右側(死角)に回り込み、あっというまに、一教という関節技をかけていました。
「何ですか? 今の技は?」
呆然とする私たちに、苦笑する有段者。
「……特に技の名前はないな。強いて言えば、「入身転換一教」かな。ちょっと遠目、横面打ちの間合いで、相手の死角に回り込んで入り身、相手の方を向く。相手は刃物を上に上げようとしてるんだから、それに逆らわずに、相手の刃物持った腕を、持ち上げるような形で一教。今は、そうしたけど。色々方法があるから、考えてごらん」
有段者は、にやりと笑いました。
なるほど、横面打ちの間合いで入身転換して一教か……他に何か技があるかな?
夫に「相手が短刀を後ろに隠してて、下から斬り上げられた時、大東流で、どんな技使う?」と訊いてみました。
夫は大東流合気柔術2段。
大東流は合気道の元となった古武道。
「後ろに短刀を隠し持つ? 素人やな。そいつ」
「うん、素人やね」
皆さん、短刀ほどのサイズのもの、例えば、ブラシなどを右手に持って、それを自分の後ろに隠して、大きな鏡で自分の姿をご覧になるとわかると思いますが……
何か、不自然さを感じませんか?
実は、攻撃する本人は、短刀を隠したつもりでも、相手には「後ろに何か隠している」ことが、丸わかりなのです。
古武道の流派には、相手にわからないように、手の中に武器を隠しておいて、不意に攻撃する「隠し武器術」があり、手裏剣・手の内・寸鉄などの専門の武器があります。
短刀は、隠し武器としては、あまりにも大きく目立ちすぎる。
しかも、右手で短刀を後ろに隠した状態では、左手で相手を殴れないし、蹴ることもできない。
下手をすると、自分で自分を斬ってしまうからです。
どうしても、自分の持っている短刀に気をとられる……この隙だらけの状態を「居つく」と呼び、武道家は嫌います。
「それで、短刀は、匕首か脇差か? 刃渡りはなんぼやねん。包丁みたいな片刃か? ジャックナイフみたいな諸刃やったら、対応する技が違うもんになるで」
「片刃、合気道の短刀取りという前提で……危なくないように、ゆっくりやってね」
前に、「相手が包丁で刺しにきた時の空手の対応」を夫に実演してもらって、えらい目にあった(『変幻自在』(前編)参照)ので、今度は「ゆっくり」と、念を押したのに……。
私が右手、逆手に握ったブラシを、振り上げようとするやいなや……
夫は目にも止まらぬ速さで、右側から回り込んで短刀をよけ、私と同じ向きに転換。
左手で私の右手首を上からつかみ、腕を脇にがっしりと挟む。
右手で下から私の右手首をつかんで短刀の刃先を私に向け、私の右腕を抱え込むようにして、私の方を向いて、右手首と右肘に、同時に関節技をかける……
「いたたたたっ! いきなり何すんねん!」
思わず悲鳴をあげる私。
「ちゃんと、ゆっくりやったやんか。何が痛いやねん。関節、何もなっとらんはずやで」
夫が私の腕を放すと、確かに手首も肘も痛くない。
夫は苦笑いしました。
「もっと下で、相手の腕つかめたら、小手返しでもかまわん。相手の方向く時に、顔面に肘打ちするとか、膝蹴り入れてもええ。相手の技量や刃物の種類、間合いでパターン違うけど、関節技は、刃物よけて、相手に密着する。相手の方に向く。これが鉄則や」
大変物騒な話ですが、本来関節技とは、相手の腕をへし折る、関節をはずすことが目的。
「もし、お前やったら、どうする? 合気道以外の技でもかまへんかったら」
「相手が斬りかかる前に、いきなり蹴り入れて、倒れた相手の短刀持った手を踏む」
「相手が、短刀に居ついとるうちに先手打つのは、正攻法の護身や。そやけど、お前、なんでもかんでも蹴倒しとったら、あかへんで。ちゃんと合気道もできるように稽古せんと」
「……すみません」
今回のかめこさんのご質問、「短刀を後ろに隠していて、切り上げられた時の技」は、横面打ちのような、やや遠い間合いで、相手の死角に入って転換。相手の状況に応じて一教や小手返しなどの関節技をかける……このような結論になりました。
ご協力いただいた武道家の皆様、ありがとうございました。
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2007年12月18日
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