私の経験では護身の行き着く先は「他者を認めぬ世界」。
合気道の理想は「天地人の和合」。
護身と合気道の思想は相容れないものと思っていたからです。
師範は空手の有段者で、若い頃に開祖・植芝盛平翁と出会い、合気道に進んだ方。
「合気道がこの世で一番。他の武道なんか認めん」とは言わないので、私のような跳ね返りも置いていただいているわけです。
「合気道の考え方や技術を取り入れた護身術なので、いつもの稽古とは少し違います」
その言葉に惹かれて、市民護身術講座午前の部のお手伝いをすることにしました。
祝日で各地でイベントがあり、参加者が少ないのではと心配していましたが、朝早くから20人近くの初心者、その倍の数の有段者・上級者が市のスポーツ施設に集まりました。
礼の仕方、準備体操からはじまり、合気道の技を応用した護身術の説明。
「相手をやっつけることを護身の目的にしてはいけない」
「技ができることよりも、何があっても対処できる冷静さが必要」
師範の言葉の中で私の胸に刺さったのが「相手が敵意を持っていても、こちらが敵意で返してはいけない。そうすると、争いは終わらない」
相手の敵意に対して10倍ほどの憎悪や怒りをぶつけて、相手の心を破壊していた私。
喧嘩の後は、いつも口の中に砂が入ったような感じがして、とても嫌だった。
師範が手を叩きます。
その手を叩こうとする「気」(心が動いたタイミング)を感じ取って一歩前進する練習。
それから、二人一組での組手。
相手の突きをよける。
肩取り(相手に肩をつかまれた状態)から、相手に当身を入れる。
二教(手首や肘の関節を痛める危険な関節技)……などなど。
合気道の技の一部を使い、しかも初心者にできそうなものをうまく組み合わせていました。
最後に、師範が短刀(木製)で刺しにきた相手を「小手返し」という技で投げ飛ばし、相手の短刀を取り上げる……合気道の見せ場も作った見事な構成。
さすがは師範です。
今回の護身術講座には妹と甥が参加。
中学生の甥は年配の有段者に「なかなか筋がいいね」とほめられて照れ笑い。
妹はテニスが好きなスポーツウーマンですが、「これほど自分が苦手な動きがあるなんて」と考え込んでいました。
「手と同時に同じ側の足を出す」「腰をひねらず、腰を中心に体全体をひと塊にして動く」……「ナンバ」と呼ばれる古来の日本人の動きです。
今のスポーツは、手、足、肩、腰など、体がパーツごとにバラバラに動くものですから、妹には合気道の動きがカルチャーショックだったようです。
ところで「合気道の技ができないと合気道的護身術は不可能か?」
そうとも言えません。
先日、ひったくりに狙われた私は、元々持っていた我流の護身技術と合気道的護身術の考えを組み合わせて、うまく切り抜けました。
自転車で道を走っていて、後ろから、何かまずいものが猛スピードで接近してくるのを感じた私は、自転車を一旦止めてふりむきました。
150メートル後ろにいた、若い男が乗った黒い小型バイクが、ひるんだように一瞬速度をゆるめ、再びスピードを上げて近づいてきます。
私はすばやく車道から歩道に移動して、ガードレールが20メートルほど続いている場所、その真ん中に自転車を止めて降りました。
バイクの速度は時速50キロ。
もし、男が自転車の籠から鞄をひったくろうとして、ガードレール越しに手をのばせば、バランスを崩してバイクは転倒、大ケガをします。
自転車を止めたのは、そのまま走ってしまうと、歩道のガードレールが切れたところで狙われる恐れがあるから。
歩道の幅は1.5メートル。自転車で幅を一杯にとっていますから、バイクが歩道に入って鞄をひったくって逃げるのは不可能。
男は私のそばを通り過ぎた後、悔しそうに(スモークガラスのフルフェイルのヘルメットで、顔はわかりませんでしたが)ふりむいて、再びスピードを上げて走り去りました。
ナンバープレートはついていません。
もちろん、自転車の籠には黒いひったくり防止ネットがつけてあったのですが、たぶん見えにくかったのでしょう。
師範の言葉をお借りすると「バイクが自分を追い越そうとしたので「どうぞ」と道を譲り、自転車を止めてお見送りした」、ただそれだけということになります。
殴る蹴るだけが護身ではありません。
【関連する記事】
- 令和5年の日本古武道演武大会(後編)続ける覚悟
- 令和5年の日本古武道演武大会(中編)遠い間合い
- 令和5年の日本古武道演武大会(前編)逡巡
- 武蔵の剣(後編)攻めの剣・守りの剣
- 武蔵の剣(前編)明鏡止水
- 令和4年の日本古武道演武大会(後編)一長一短
- 令和4年の日本古武道演武大会(中編)拍手
- 令和4年の日本古武道演武大会(前編)静寂
- 日本古武道演武大会の進化(特別編)前代未聞
- 異変(後編)忍び寄る影
- 異変(前編)凶兆
- 明鏡止水(後編)理合
- 明鏡止水(前編)起こり
- 続・袴考(後編) 進化
- 続・袴考(前編) 伝承
- 武道とリハビリ(後編)筋力
- 武道とリハビリ(前編)変化
- 距離感(後編) 拳の間合い
- 距離感(前編) 剣の間合い
- 令和二年の古武道演武大会(後編) 一人
ひとつずつ、丁寧に拝見していきたいと思いますっ☆
夕暮れのキレイな京都より。
知性と感性が湧き出ている様です
師匠と呼びます
アイフル5千円男