私は、自分が審査を受ける時にしか、昇級昇段審査会に来ることがなかったのですが、今回はじめて、自分の審査とは関係なく、客観的に審査を見ることができました。
以前より技が難しくなり、受験者の技術レベルも高い。
「私が3級受験した時、こんな難しい技出なかったのに」というような難しい技を、リラックスした状態で、しかも、確実にこなしていく後輩たちの姿を見ると、本当に頼もしい思いがします。
ところが、二段の昇段審査になると……。
なるほど。
今回の審査は正面打ち入り身投げと、座り技一〜四教。短刀取り(相手の持っている短刀を取り上げる)自由技、二人掛け(2人の人間が両手を取りに来て展開する技)自由技と座技呼吸法か。
でも、杖取り技の可能性もあるし、太刀取り技もありうる。
まだ先やけど、油断はできんなあ……。
と、つい自分事になってしまいます。
次の昇段審査を受けられるのは、最低でも3年後かなあ……。
そんなことを考えているうちに、審査は滞りなく終了。
合同稽古会も、なごやかな雰囲気で終わりました。
審査の後は、恒例の花見会。
例年、各支部道場から大勢の門下生が参加する、道場の一大イベントです。
道場の敷地内の巨大な桜の木の下にしつらえられた椅子とテーブル。
ドラム缶製のかまどで赤々と燃える火。
大鍋いっぱいに炊かれたおでん。
長机の上には、朝から道場の女性たちが腕をふるった色とりどりのオードブル。
長机の足元のクーラーボックスには、氷と持ち寄りの缶ビールやジュース類。
師範の挨拶の後、みんなで乾杯。
にぎやかに宴会がはじまりました。
「会長、お久しぶりです」
缶ジュースを飲んでいた私に声をかけてきたのは、茶髪の若者(現在は黒髪。『杖と茶帯(後編)』などに登場)。
「最近、稽古に姿を見せへんやんか。ちゃんと稽古に来んと、秋に昇段できんよ」
私がたしなめると、彼は「へへへ」と笑いました。
「ところで、会長(なぜか彼は私をこう呼ぶ)、秋の審査のDVD、見ましたか?」
「えっ! 去年の初段のやつができてるの! いかん! さっそく借りて、初段のところだけ消去しなきゃ! あんなの残してたら、道場の恥やんか!」
うろたえる私に、彼はにやにやしました。
「そんなこと、せんといてくださいよ。俺、会長の審査のとこ見ましたけど、すごい参考になりましたわ」
「ど、どんな?」
私は不安でいっぱいでした。
昨年秋、昇段審査を受けて初段に合格したのですが……。
この時の演武は、「道場史上有数の合気道らしからぬ荒っぽい演武(『黒帯』(後編)参照)」。
審査の後、師範が大変立腹されていたので、「うわぁ。今回の初段、落ちたな」と内心思っていたのですが、「今後の精進に期待する」ということで、なんとか初段をいただくことができたのです。
「あの時、俺も昇級審査受けてたんで、会長の審査見て、「初段は体力勝負やなあ」としか、わかってへんかったんですけど。半年たって、落ち着いて映像見たら……会長の審査、ありゃ、合気道じゃないですね。体重が倍近くもある人間に、力任せに投げられたりして。しかも、合気道の受け、とらんとあかんし。こりゃ、会長、しんどいやろうと思いました」
「いや、やってる私も、そう思ってた。柔道の練習試合みたいな演武だったと思う」
初段の審査は、受け(技をかけられる側)と取り(技をかける側)との調和や技の品位、「心・技・体」のバランスなどを評価するのですが、この時の審査は、調和どころか「力と力の激突」でしたから。
私にとっては、忘れ去りたい嫌な記憶なのですが。
なぜ、彼は、あえて審査の映像を見ることを勧めるのでしょうか。
「自分の動きは、冷静になってから見ると、いい勉強になりますよ。俺は正面打ち入り身投げが、自分が思ってたより間合いが遠くて。それでうまくいってないことがわかりました。やっぱり、自分が自分で思ってる動きと、DVDで見た、客観的な動きは違います」
「……そうかもしれんけど……」
彼は、にこにこしながら言いました。
「会長。ご主人に、審査のDVDを見てもらうってのは、どうでしょう?」
「嫌やなあ。「なんや。この下手な入り身投げは。罰として、台所で体の転換(一歩前に出て反転する合気道の基礎の足さばき)500回!」とか言われたら、どうするねん」
不安げな私に、彼は不敵な笑顔を見せました。
「いいじゃありませんか。体の転換、500回もやったら、絶対うまくなりますよ」
「他人事と思って、言いたい放題言うよなあ」
半ばあきれる私に、彼は真面目な顔で言いました。
「いやいや。ここはひとつ、ご主人に見てもらって、ぜひ叱られてください。アドバイスをもらって、稽古したら、ますますうまくなれるじゃないですか。……毎回、武道の話読ませてもらってますけど。ご主人、空手と剣道の指導員してはったただけあって、目のつけどころが違いますわ。合気道の俺らが、思いもせんところ、ついてきますもん」
空手四段剣道三段少林寺拳法三段大東流合気柔術二段柔道初段。
身近にいる最も厳しい武道家……夫の適切なアドバイスがなければ、私は初段になれなかったのは確かです。
また、今よりも、うまくなりたいとも思っています。
「というわけで、次の武道の話、DVDの感想ってことで。楽しみにしてますよ」
彼は笑いながら、料理を取りに行ってしまいました。
……やれやれ。リクエストときたか。
まあ、「リクエストに応じます」と、公言している手前、「できません」とも言えないし。
覚悟を決めて、こってりと、夫に叱られてみますか。
……次回に続く……
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自分の映像を客観的に観ることは大変勉強になりますですね。
次の記事が楽しみです。